「ここ、『ランナーは二・三塁……一打逆転のチャンスなんだ』って書いてあるけど、点差は二点なんですよね。『一打逆転』って言い方なら、普通はバッターランナーを含めないと思うから、ここは『一打同点のチャンス』にするか、『一発出れば逆転のチャンス』にしたほうがいいと思うんだけど……」
 説明しながら、僕はだんだん自信がなくなってくる。これがもし僕の指摘した通りだったとしても、多くの読者は気に留めず読み進めるであろう些細なミスだ。なんとくだらない指摘をしたものだろう。
 ……しかし男の反応は違った。
「――そこに気がつくとは! すばらしい。さすがですね」
 男は目を見開き大げさに僕の発見を賞賛する。小馬鹿にしているのかとも思ったが、男は「ちょっとよろしいですかね」と言って部屋の受話器を取り、何者かに電話をかけた。
「もしもし。……ええ、ええ。『週刊少年アラウンド』四十六号の、『スイッチエース両太郎』の十七ページですが……三コマ目をご覧ください、『一打逆転のチャンス』と書いてありますが……」
 なんだっていうんだ、いったい? 自分で指摘しておいてなんだけれど、そんなに大騒ぎするようなことだろうか。
 やれやれ。喉が渇いたし、なにか飲み物でも飲もう。でもこの部屋には冷蔵庫もなければ、グラスの一つもない。
「……あの、食事とかはどうしたらいいのですか? 無料と聞いたんですが」
 男が受話器を置いたのを見計らい、僕は訊ねた。
「お食事ですか。あとほんの少し早く、言ってくださればよいものを」
「まさか、食事の時間は終わってしまったのですか? 食堂とかの?」
「いいえとんでもない。二十四時間いつでも構いませんよ、もちろん」
 男は「少しお待ちください」と言うと、今し方置いた受話器を取り、番号も打たずにしばし待つ。
「料理はなにがよろしいですかな?」
 受話器の口元を手で押さえ、男が訊ねてくる。僕が「なんでも構いませんよ。食べられるものなら」と、そう答えるが早いか、男は受話器の向こうの誰かに「昼食をお願いします。ええ。お任せで」と料理を注文する。
「他にもなにか、必要なものがあれば」と男が言うので、僕は「ベッド」と即答する。
「……まことに残念ですが、ベッドは『必要なもの』として認められていないのです」
 僕は混乱した。「ならせめて掛け布団を……ブランケットとかでもいいんだけど」