かくしていとも簡単にバスケットボールサークルに入ったわたしは、弥生と一緒に週に3日、火曜・木曜・土曜日の練習に赴くことになった・
「マネージャーの仕事って、何をするんでしょう」
初めてサークルに行ったとき、わたしも弥生もマネージャーとして何をすればいいか分からず、練習試合をしている男の先輩たちと、プレイヤーとして新しく入った同級生の男子たちを眺めながら、先輩マネージャーに訊いた。
香奈さんだけじゃなくて、同じ2年生の板倉翔子さんと田中真希さんも一緒だった。
バスケサークルのマネージャーは、これで全員らしい。3年生以上の先輩はおらず、今後は2年生と1年生で活動するのだと。
とはいえ、プレイヤーも一学年10人も満たない程度の少人数サークルだったので、マネージャーはこの人数で十分らしかった。
「主な仕事は、試合の準備と片付け、ビブスの用意。あとは水汲んで渡す、得点を入れる、かな」
「なるほど……」
想像していたマネージャー像とあまりかけ離れていないようで、ほっとした。
しかし、いざこれらの仕事をしていると、ある事実に気がついた。
やることが、少ない。
そう。
試合の準備や片付けは、結局プレイヤーが自分たちでやってくれる。飲み物だって、自分で持って来ている人が多く、取り立てて用意して渡す必要もない。もちろん、必要な時は手伝うが、皆でやるためすぐに終わってしまう。
わたしたちがやれることといえば、得点を入れて、あとは適度にプレイヤーとコミュニケーションを取ることぐらいだった。
そんな具合だったから、結局2年生のマネージャーも、翔子さんと真希さんは週一程度しか顔を出さない。香奈さんはよっぽどバスケが好きなのか、絶対に来てくれる。というか、たまに一緒に練習をしていることもある。
聞けば、高校生の頃はバスケ部に入っていたそうだ。どうりで気合の入りようが違う。
練習中は真剣にボールを追っている。普段、わたしたちに見せる明るい笑顔はどこかへ置き忘れたみたいに。
昔から、スポーツらしいスポーツに触れてこなかった自分にとって、きちんとボールを扱える女子が美しいと思う。
弥生も隣で、「香奈先輩、すごいよねえ」と目を細めている。
けれど、わたしと弥生との間には、決定的な違いがあった。
弥生は、自分のできないことを弁えていて、無駄な勝負を挑まない。できることを頑張ればいいや、と達観できる人だ。
対してわたしは、自分が敵わないと思うことさえ、負けたくないと思ってしまう人間だったのだ。
だから、今。
目の前で春人さんをおちょくりながらも、楽しそうに笑っている香奈さんに、言いようもないほどの対抗心を抱いている。
大学2年生、冬。
12月1日。
いつになくマネージャーが勢揃いした今日、皆でアフターに来られたのは嬉しい。
体育館の近くにはカレー屋かファミレスかお好み焼き屋しかなく、今日は多数決でお好み焼きになった。
大抵のお好み焼き屋はそうだと思うけれど、一つのテーブルの席数は、せいぜい6人が限界。アフターに来たのはプレイヤー12人、マネージャー6人だったので、ちょうど6人ずつ、3つのテーブルに分かれて座ることになった。
1・2年生のマネージャーでグー・チョキ・パーをしグループを決めて、たまたま春人さんと「グー」で同じ席になったとき、心の中でガッツポーズをした。
なのに。それなのに。
「あ、私もグーだから、春人と一緒じゃん」
嘘だ。
香奈さんが、男子たちの「グー・チョキ・パー」を見ながら、3年生のマネージャーたちで「グー」を出したのを、わたしは知っている。
わたしと香奈さんと春人さん。それから、もう一人3年のプレイヤーである木戸祐樹、2年のプレイヤー綾部陸、小島直也が同じテーブルだった。
6人で、豚玉とねぎ焼きを2枚、焼きそばを頼む。ちょっと少ないかな、と思ったけど、アフターでは会話がするのがメインだから、まあ、いっか。
「春人、今日もスリーポイント入れてたね」
先手を切ったのは、やっぱり香奈さんだった。
「専門だからな」
専門、というのは、春人さんがスリーポイントを入れるスリーポイントシューターだということ。
「なーに、得意げになってんのよ」
イテ、と春人さんの声。テーブルの下を見た、視線の動き。
春人さんの正面に座った香奈さんが、彼の足を軽く蹴ったのだと分かった。
「相変わらず仲良いな」
3年の木戸さんは、いつもこういう時に茶茶を入れる役だ。香奈さんが春人さんのことを好きのを知っているのだろう。春人さんと仲が良いから、春人さんの香奈さんへの気持ちだって、知っているに違いない。
もし、春人さんの気持ちが、香奈さんの方には全くなくて、別の誰かを想っていたとして、
それを木戸さんも承知の上で二人のことをからかっているのだとしたら。
ありふれた話だけれど、なんだか残酷だなと思う。
からい。
口に含んだねぎ焼きの生地に、胡椒の塊があった。
同じ2年生の綾部は、春人さんと香奈さんがすでにできてるんじゃないかって疑ってるし、温厚な小島は、二人の様子を見守っている父親のようなスタンスだ。
誰も、わたしのことなど見ていない。
わたしが、春人さんを好きなことなんて、知らない。
勝手に察している弥生以外誰も知らないのは、わたしが自分で言わないせいではあるけれど。味方がいないみたいで寂しいと思ってしまうのは、わがままだろうか。
春人さんに、わたしの気持ち、知られたくないはずなのに、一番知って欲しいと思うのは、わがままだろうか。
「マネージャーの仕事って、何をするんでしょう」
初めてサークルに行ったとき、わたしも弥生もマネージャーとして何をすればいいか分からず、練習試合をしている男の先輩たちと、プレイヤーとして新しく入った同級生の男子たちを眺めながら、先輩マネージャーに訊いた。
香奈さんだけじゃなくて、同じ2年生の板倉翔子さんと田中真希さんも一緒だった。
バスケサークルのマネージャーは、これで全員らしい。3年生以上の先輩はおらず、今後は2年生と1年生で活動するのだと。
とはいえ、プレイヤーも一学年10人も満たない程度の少人数サークルだったので、マネージャーはこの人数で十分らしかった。
「主な仕事は、試合の準備と片付け、ビブスの用意。あとは水汲んで渡す、得点を入れる、かな」
「なるほど……」
想像していたマネージャー像とあまりかけ離れていないようで、ほっとした。
しかし、いざこれらの仕事をしていると、ある事実に気がついた。
やることが、少ない。
そう。
試合の準備や片付けは、結局プレイヤーが自分たちでやってくれる。飲み物だって、自分で持って来ている人が多く、取り立てて用意して渡す必要もない。もちろん、必要な時は手伝うが、皆でやるためすぐに終わってしまう。
わたしたちがやれることといえば、得点を入れて、あとは適度にプレイヤーとコミュニケーションを取ることぐらいだった。
そんな具合だったから、結局2年生のマネージャーも、翔子さんと真希さんは週一程度しか顔を出さない。香奈さんはよっぽどバスケが好きなのか、絶対に来てくれる。というか、たまに一緒に練習をしていることもある。
聞けば、高校生の頃はバスケ部に入っていたそうだ。どうりで気合の入りようが違う。
練習中は真剣にボールを追っている。普段、わたしたちに見せる明るい笑顔はどこかへ置き忘れたみたいに。
昔から、スポーツらしいスポーツに触れてこなかった自分にとって、きちんとボールを扱える女子が美しいと思う。
弥生も隣で、「香奈先輩、すごいよねえ」と目を細めている。
けれど、わたしと弥生との間には、決定的な違いがあった。
弥生は、自分のできないことを弁えていて、無駄な勝負を挑まない。できることを頑張ればいいや、と達観できる人だ。
対してわたしは、自分が敵わないと思うことさえ、負けたくないと思ってしまう人間だったのだ。
だから、今。
目の前で春人さんをおちょくりながらも、楽しそうに笑っている香奈さんに、言いようもないほどの対抗心を抱いている。
大学2年生、冬。
12月1日。
いつになくマネージャーが勢揃いした今日、皆でアフターに来られたのは嬉しい。
体育館の近くにはカレー屋かファミレスかお好み焼き屋しかなく、今日は多数決でお好み焼きになった。
大抵のお好み焼き屋はそうだと思うけれど、一つのテーブルの席数は、せいぜい6人が限界。アフターに来たのはプレイヤー12人、マネージャー6人だったので、ちょうど6人ずつ、3つのテーブルに分かれて座ることになった。
1・2年生のマネージャーでグー・チョキ・パーをしグループを決めて、たまたま春人さんと「グー」で同じ席になったとき、心の中でガッツポーズをした。
なのに。それなのに。
「あ、私もグーだから、春人と一緒じゃん」
嘘だ。
香奈さんが、男子たちの「グー・チョキ・パー」を見ながら、3年生のマネージャーたちで「グー」を出したのを、わたしは知っている。
わたしと香奈さんと春人さん。それから、もう一人3年のプレイヤーである木戸祐樹、2年のプレイヤー綾部陸、小島直也が同じテーブルだった。
6人で、豚玉とねぎ焼きを2枚、焼きそばを頼む。ちょっと少ないかな、と思ったけど、アフターでは会話がするのがメインだから、まあ、いっか。
「春人、今日もスリーポイント入れてたね」
先手を切ったのは、やっぱり香奈さんだった。
「専門だからな」
専門、というのは、春人さんがスリーポイントを入れるスリーポイントシューターだということ。
「なーに、得意げになってんのよ」
イテ、と春人さんの声。テーブルの下を見た、視線の動き。
春人さんの正面に座った香奈さんが、彼の足を軽く蹴ったのだと分かった。
「相変わらず仲良いな」
3年の木戸さんは、いつもこういう時に茶茶を入れる役だ。香奈さんが春人さんのことを好きのを知っているのだろう。春人さんと仲が良いから、春人さんの香奈さんへの気持ちだって、知っているに違いない。
もし、春人さんの気持ちが、香奈さんの方には全くなくて、別の誰かを想っていたとして、
それを木戸さんも承知の上で二人のことをからかっているのだとしたら。
ありふれた話だけれど、なんだか残酷だなと思う。
からい。
口に含んだねぎ焼きの生地に、胡椒の塊があった。
同じ2年生の綾部は、春人さんと香奈さんがすでにできてるんじゃないかって疑ってるし、温厚な小島は、二人の様子を見守っている父親のようなスタンスだ。
誰も、わたしのことなど見ていない。
わたしが、春人さんを好きなことなんて、知らない。
勝手に察している弥生以外誰も知らないのは、わたしが自分で言わないせいではあるけれど。味方がいないみたいで寂しいと思ってしまうのは、わがままだろうか。
春人さんに、わたしの気持ち、知られたくないはずなのに、一番知って欲しいと思うのは、わがままだろうか。