火曜日。
「ねぇ、神谷さん」
「……ち、違います」
「あ、すみませーん」
 まただ。廊下で他のクラスの男子から間違われて呼び止められ、私は微妙な気持ちでトイレへと向かう。
 それにしても、私でさえこうなのだから、神谷さん本人はもっと声をかけられているのだろう。きっと、告白かお誘いかなんだろうけれど、美人は大変だな。
「ねぇねぇ、私、見ちゃったんだよね。神谷音羽が加賀見(かがみ) 先輩に口説かれてるところ」
「えー、ショック。加賀見先輩はみんなのものなのに」
 トイレの個室で、また手洗い場の女子たちの話を耳にしてしまう。聞きたくないのに不可抗力で盗み聞きみたいになってしまうから、こういう場では陰口を言わないでほしい。
「調子乗ってるよね、神谷音羽」
「ホント、ちょっときれいな顔をしてるからってさ、愛想も全然ないくせに」
 なんで、美人で男の人から声をかけられているだけで、こんな言われ方をされなきゃいけないのだろう。神谷さんはたしかに表情は乏しいけれど、プッと笑うこともあるのにな。
「つーか、あの子、友達いないよね? いっつもひとりだし」