笑っていたい、君がいるこの世界で

 上履きスリッパを見つめる私は、首を縦にも横にも振れずにたたずむ。
「てことで、頼むよ。あ、一応俺のID登録してて。なにかあったら連絡し合おう」
 江藤くんはそう言って、ポケットに入っていたレシートの裏にペンで記入して手渡してきた。そして、「よろしくな」と軽やかな口調で言って、先に階段を上がっていった。
 まるで自分の立っているところに大きな深い穴が空いたような心地がする。そして、そこにずるずると飲みこまれていくような、ぞっとした感覚に襲われる。
 ど……どうすれば……いいんだろう。
 交換条件という名の、そして私の恋の協力という名の、善意ある脅迫。神谷さんを誘えるほど仲がいいわけでも、坂木くんに恋をしているわけでもないというのに。
 けれど、引きこもりの過去、そしてトキカプの“アラタ”、そのふたつを人質に取られているようで、どうしても断ることができない。断ったら、そのあとが怖い。怖すぎる。
「……ど……どうすれば……」
 頭を抱えるも、登校してきた生徒たちは私をよけて歩いていく。まるで私を透明人間のようにスルーしていきながら。