懐かしいメンバーでアフタヌーンティーセットを囲む。それは着ている服とメイクが違うだけで、高校時代のお茶の時間と何一つ変わっていなかった。

「あははは! あの時の吉田先生の顔ねー!」
「もう、後輩たちに綿々と語り継いでほしいわ~!」

きゃははと笑い合う友人たちに、佳乃もぬるんだ春のような空気を胸いっぱいに吸い込むことが出来た。

「『Can-no』専属モデルの旅立ちの瞬間を見たんだから、吉田先生はもっと自分を誇っても良いと思うわ。母校の後輩女子たちはこぞって学校プロフィールに『Can-no専属モデル・リサの出身校!』とか書いてるんでしょ?」
「駄目よ、おじいちゃん先生にそれは無理だわ。吉田先生、制服のスカートの丈をチェックすることしか、ファッションに興味なかったから」
「だって、進路指導で理沙がスカウトされたって言った時に、『ガールスカウトか』って真面目な顔して言ったんでしょ!? ないわ、ないわ~! 裏切らないな~、先生!!」
「でも、『Seven-Girls』、『21th』、『Can-no』と、順当にファッションモデルを渡り歩いてる理沙が、モデル始めるまではまるで自分のことを一人で決められない子だったなんて、今の理沙を追っかけてる女の子たちは知らないんだろうね~」

幼馴染みの理沙は、その整った容姿から小さい頃は男の子によくちょっかいを掛けられていた。小さな男の子にしてみたら好きという気持ちの裏返しだったらしいが、子供の理沙にそんなことが分かる筈がなく、理沙はよく泣きながら、佳乃の背後に隠れていた。佳乃はお人形みたいな理沙が自分を頼ってくれることが嬉しかったし、理沙に意地悪をする男の子が許せなかったので、思いつく限り理沙を守って世話をしていた。その様子を幼稚園の先生が、「佳乃ちゃんは理沙ちゃんの騎士(ナイト)みたいね」と評したことがある。騎士(ナイト)という言葉をその時佳乃は知らなかったが、理沙の特別なのだと言うことは理解でき、佳乃のやる気を鼓舞した。それ以来、佳乃は理沙の騎士(ナイト)であろうと努めてきた。さしたる努力なんて要らなかった。佳乃は理沙のことが好きだという気持ちさえあれば、何でもできた。それがずっと続いていただけのことだった。今思えば、あの言葉が佳乃に言葉の重みを教えたようなものだったと思う。それは佳乃を騎士(ナイト)という役割に縛り、佳乃にとって理沙を、より特別だと意識づけた。

佳乃は佳乃で、かわいい理沙と正反対の野暮ったい外見から理沙のように色めいた話はなく、それ故、自分に出来るのは勉強だけだと幼い頃から理解し、勉学に励んだ。その所為か、理沙は勉強も、それ以外のことも佳乃に頼るようになり、中学での選択授業は勿論、部活動や、高校の選択まで佳乃に合わせた。理沙に言わせると、賢い佳乃の傍に居れば、何かあっても安心だ、という心理が働いていたらしく、「佳乃と一緒に居れば、何だって平気」とまで言っていた。

「あら、モデルの仕事を決めたのも、佳乃に勧められたからなのよ。ね、佳乃」

千里と渚にそう言うと、理沙はにこりと微笑んで佳乃に同意を求めた。

「勧めた……、っていうか、理沙が大学も私と同じところ行くとか言ったから、それは出来ないよって。だから折角見つけてもらったんだし、素地はあるんだから、活かしたら? って……」

あの時……、理沙にモデルの道を勧めた時、確かにそれが理由だった。それだけではなかったけれど……。ふっと一瞬あの頃に帰った佳乃の気持ちを、理沙が鋭く察して、佳乃の名を呼んだ。その響きはあの頃と同じで、佳乃だけが変わったのだと改めて思う。

「佳乃……? どうしたの?」
「……何でもないわよ、懐かしい話だな、って思って」

口許に浮かべた笑みを自嘲気味にしないように、極力頬に力を籠めた。千里と渚が話を続ける。

「そうだったの。でもまあ、結果としてそれが良かったんじゃない? 理沙はそれがきっかけで独り立ち出来たんだし、佳乃だって何時までも理沙のお世話をしているわけにはいかなかったでしょ」
「高校の三年間しか貴女たちのこと知らないけど、仲の良さが幼馴染みの域を超えてた気はしたからね。普通幼馴染みって言っても、もっと小さな喧嘩とかあると思ったけど、全然仲良くてべったりなんだもん。あとあとお互いのことを負担に思わないと良いなあとは思ってたわ。特に佳乃が」

渚がちらりと佳乃に視線を寄越してくる。佳乃は笑ってそれを否定した。

「理沙のことが負担だなんて思ったことないわ。でも二人で同じ人生を歩めるわけじゃないから、何処かに分岐点は必要だっただけよ」
「うわあ。佳乃が選んだ道が理沙に合ってたから良かったようなものの、合わなかったらどうするつもりだったの?」

千里が驚いたように問うのに理沙が、佳乃はそんなことしないわ、と応えた。

「佳乃は私のことよく分かってくれてるし、実際に仕事は楽しいわ。唯一不満と言えば、佳乃が忙しくなって、連絡があまりとれないことかしら」
「確かに佳乃には連絡取りづらくなったわね……。忙しいかなって思ったら不要な連絡できなくなったし……」

気を使ってくれる友人たちに、ありがとう、と返す。

「忙しいけど、貴重な経験をさせてもらってると思うわ。命の誕生の瞬間なんて、人間生きててそう何度もあることじゃないでしょ」

佳乃が言うと、皆がしみじみと頷いた。

「何時か産むんだったら、佳乃に取り上げて欲しいなあ……」
「そのためにはまず相手よ。もうアラサーだもの。産むなら早めがいいっていうし」

渚の言葉に、そればっかりはな~、と千里が笑う。

「それを言うと、理沙はもう決まったようなもんよね」
「理沙の彼氏って、同じモデルの相沢翔でしょ? 美男美女カップル、羨ましいわ~」

色めく千里と渚に対して、理沙は少し冷めたように肩をすくめた。

「事務所が許してくれただけだもの。恋は自由にしても、恋人は選べ、って言うのが社長の言葉でさ~」

佳乃も理沙の恋人については知っていた。メディアから得た情報ではなく、理沙の母親から話を聞いた佳乃の母親が佳乃に教えてきたのだ。多分母親は、理沙の恋人の話を出して、佳乃に急かしたかったのだろうと思う。そんな母親の期待に沿えていないことは、申し訳ないと思っている。

しかし成程、理沙のため息交じりの言葉を聞いて、芸能人というのは色々難しい所があるんだな、と感心してしまった。それもこれも、華々しいライトの下で生きていく人生との引き換えなんだろう。

「でも、そんなお固い事務所が許した恋人なんだもの。結婚も考えてるんでしょ?」
「そうねえ、時々話には出るわ。翔は意外と真面目だから、最初からそのつもりだったみたい」

理沙の応えに色めきだった三人は、ひとしきり芸能人のコイバナで盛り上がった。

「結婚式には呼んでね」
「きっと盛大なんだろうなあ」
「周りから浮かないかな? 私たち!」
「皆でフラワーシャワーを撒くわ」

みんなでワイワイとそんな話をしていると、窓から差し込む光が傾いてきた。店員が何度目かのお冷を注ぎに来たのをきっかけにそろそろ解散かという話になった。佳乃にとっては久しぶりに実家で眠れる日だ。

「佳乃。今日は病院に戻るの?」

問うてくる理沙に、実家でゆっくり休むと伝える。ほっとしたように微笑む理沙が、うち寄ってきなよ、と言った。

「私も久しぶりに寄るし、一緒に帰ればいいじゃない。別に長居をしなければ、食事と睡眠に支障はないでしょ?」

理沙の両親とは顔なじみだ。ただ、大学入学と同時に勉強で忙しくなって、顔を見る機会がぐんと減った。就職してからは病院の傍にマンションを借りたから、余計に会う機会はなくなった。今日は久しぶりに取った休みだったから、たまにはいいか、と思った。

「お母さんが夕ご飯を作ってくれてるから、それまでに帰れればいいわ。理沙は今日、マンションには帰らないの?」

佳乃が問うと、帰るつもりだったけど、と理沙は言った。

「佳乃が夜、家に居るなら、そっちに顔だしても良いかなあって……。あ、勿論、おばさんが良いって言えばの話だけど!」

明るく顔の前で左右に手を振る理沙は、本当に女性として完璧にかわいい。どうやったら相手が希望を叶えたくなるか、本能で分かっているんじゃないかというくらいに、昔から佳乃は理沙のお願い事が断れなかった。多分、理沙を囲む人々の中でそう思っている人は少なくないと思う。

「……そうね。もう半年以上、まともに帰れてないし、理沙のおばさんに顔見せるのも、理沙がうちに来てくれるのも、どっちも捨てがたいわ。ご飯食べたら、うちにおいでよ。お母さんも理沙の顔を見たら喜ぶと思うわ」
「じゃあ、おばさんに連絡しておいてね。取り敢えず、うちに行こう」

そう言って四人で会計を出ようとした時、理沙がふとその場に立ち止まった。

「あ、ついでに紅茶買って行こうかな。ここのフレーバーティー、私好きなのよね」

そうだったのか。店を決めたのも理沙だったので、好みの味なんだろうなあとは予想はしてたけど。

「皆にもお土産、買ってあげるわ。一包ずつだけど、良い?」

まるで高校時代のお菓子の交換のような感覚が戻ってくる。みんな気持ちよく理沙から紅茶を受け取り、そして鞄に仕舞った。

「学生時代を思い出して飲むわ」
「ありがとう、理沙」

口々に理沙に礼を言って、会計をしたあとはその場で別れた。佳乃は理沙と共に地下鉄の駅に向かって歩き出した。

「ホント、学生時代に戻ったみたいね」

嬉しそうに隣で帰路を辿る理沙との時間はあの頃のようで。でも確実に違っている。理沙と佳乃の道は、分かたれてしまっているのだ。