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「え……いま、なんて」
 婚約者だった彼の訃報を聞いたのは、今からちょうど半年前、昨年10月15日のことだった。
会ったことのない彼の母親から着信があった。シャワーを浴び、眠りに就こうと準備をしていた時だ。発信者が彼——「唯人(ゆいと)」になっていたから、当然のことのように彼が電話に出てくれると思っていた。
「もしもし、唯人?」
あくびをしながら電話に出たのを覚えている。教師の仕事で毎日とても疲れて帰っていた。それは今も変わらないのだけれど、その日は中間テストの頃で、余計に疲れが溜まっていた。
『……唯人の、彼女さんですか』
電話から聞こえてきたのは、知らない女の人の声。声質からして年配の人だったため、彼の母親だとすぐに察知した。
「こ、こんばんは。そうですけれど……お母さんですか?」
『はい、私は唯人の母親です。単刀直入に言いますが、唯人が亡くなりました……』
お母さんの声はまったく生気が感じられず、事の重大さを語っていた。
「え……いま、なんて」
すぐには事態が飲み込めない私は、詳細を聞くのに必死になった。唯人のお母さんは、唯人が川で溺れていた少年を助けるために自ら川に飛び込んだこと、少年を助けた代わりに死んでしまったことを、訥々(とつとつ)と話した。が、そのどれもが物語の世界の話に聞こえて、私はその時聞いたことのほとんどをその場で忘れてしまったように思う。
電話を切った後も、力がまったく入らなくてロボットのようにベッドに横たわった。
身体を沈めると、自分の魂もどこかへ連れて行かれるように感じた。
むしろ、このまま消えてしまいたい。
現実が、およそ現実とは思えない。
そのふわふわとした感覚は、彼が「少年の命を救った英雄」としてニュースで放送されても、彼の棺の前で手を合わせても、拭えなくて。
どこまでが現実でどこからが夢なのか、判然としないまま、今も教壇に立っている——。