あれは、小三の時だった。

 僕と俊平と舞花、三人がそろって同じクラスになるのは初めてだった。

 三年生になると、先生が教室内での新たなルールを提案した。


「これからは名前ではなく、苗字に「くん」や「さん」付けで名前を呼び合お
う」


 授業中はもちろんそれに従った。

 舞花のことを「桜井さん」なんて呼ぶのはなんだかおかしかったし、舞花に「柏原君」なんて呼ばれると、変な感じがした。

 だから僕たちは授業や学校外では呼び慣れた名前で呼んでいた。

 僕は「舞花」って呼んでたし、舞花は僕を「あおい君」と呼んでいた。

 それは他のみんなも同じだった。

 だから僕たちは、何も変わらず、今まで通りの心地よい関係を続けられた。

 それが断ち切られたのは、学級委員になった俊平の一言がきっかけだった。


「ちゃんと苗字に「さん」付けして呼べよ。

 柏原君と桜井さんだけ特別なんておかしいよな?

 みんな呼び方に慣れようと頑張っているのに。

 二人がクラスのルールを守らないから、僕たちは団結できないじゃないか」


 俊平はみんながいる前で、優等生らしく、僕にそうもっともらしい注意した。
 
 みんながその意見に賛同しているように僕には見えた。

 周りがみんな、僕を軽蔑の目で見ているように感じた。

 その時、教室に舞花はいなかった。

 僕は、一人ぼっちになったような気がした。

 寂しさと、怖さが一気に押し寄せてきて、何も言い返せなかった。

 たったそれだけだった。




「あおい君」


 何も知らずに僕の名前をいつも通りに呼ぶ舞花を、僕は突き放すように言った。


「名前で呼ぶなよ」

「え?」

「恥ずかしいから。それに先生も言ってただろ、苗字で呼べって」

「あ、うん……そうだけど……」


 まだ何か言いたそうにしている舞花を無視するように、僕は舞花から離れていった。

 胸がズキズキしてたまらなかった。

 込み上げてくる感情に喉元が押しつぶされて痛かった。
 
 それ以来、舞花は僕に話しかけてこなくなった。

 近寄ることもなかった。

 当然だろう。

 僕が舞花を避けるようになったんだから。
 
 別に、舞花と僕の関係がぎくしゃくしてしまったのを俊平のせいにしているわけじゃない。

 ただ僕が弱かっただけだ。



 僕は気づいていたんだ。

 俊平も舞花のことが好きなんだって。

 だから、あんなことを言ったんだって。


 わかっていたけど、そんなこと気にしなければよかったんだけど、あの頃の僕にはできなかった。


 俊平には、絶対かなわないって、思ってたから。



 学級委員で、人気者で、ムードメーカーで、少々頭も良くて、いつでも自分に自信があって、自分よりバスケが上手い「カッコイイ」俊平。

 あの時の僕には、俊平の言っていることがすべて正しく思えた。

 そんなあいつに、僕は何も言い返せなかった。

 


 だから僕は、自分の一番近くにいた存在の舞花を、手放してしまったんだ。