「鈴音花魁は、蛭沼様だけでなく、他の高貴なお方たちからの身請け話もすべて断っているんだろう? だから鈴音花魁は、実は咲耶殿の花嫁の座を狙っているんじゃないかって話があってね」

「え……」

「で、その噂を耳に入れた蛭沼様が、嫉妬心から自分の酒席に、護衛として咲耶殿を連れてきたってわけさ」


つまり、今日の急な酒席が設けられた一番の動機はそれだったのだ。

鈴音に惚れ込み、自身の花嫁に迎えるために躍起になっている蛭沼。

そんな蛭沼が、『鈴音は実は、咲耶の花嫁になりたいと思っている』という噂を聞きつけた。

嫉妬に燃えた蛭沼は、噂をしていた部下たちだけでなく咲耶にも、鈴音は自分のものだと見せつけるために大金を積み、今回の酒席を設けたというわけだ。


「蛭沼様は、咲耶殿よりも自分の方が立場は上だということを鈴音花魁に見せたかったんだろう。なんでも自分の思い通りにならないと気が済まない性分だからね。まったく……振り回される方はたまったもんじゃないよ。上層部も、蛭沼様の悪行ぶりには目をつけているはずなんだけどなぁ」


呆れたように息を吐いた忽那は、「咲耶殿には申し訳ないことをしたなぁ」と呟きながら酒を呷った。

忽那も大概な噂好きではあるが、今の話から察するに、蛭沼はあまり部下から上司として尊敬されていないのかもしれない。

おまけに悪行が原因で、政府上層部に目をつけられているということだ。

(咲耶さんが今、見世の外にいる──)

しかし、話を聞いた吉乃は蛭沼に関することより、咲耶に思いを馳せてしまった。

高鳴る胸に、着物の上からそっと手をあてる。

そこには脈を打つ心臓だけでなく、咲耶からもらった薄紅色のとんぼ玉を隠していた。

『肌身離さず持っていろ』と言われた吉乃は咲耶の言いつけ通り、とんぼ玉を小さな巾着に入れて首から下げ、いつも着物の下に忍ばせているのだ。