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「やぁやぁ、鈴音。今日は突然、無理なお願いをしてすまなかったね」


花街に(よい)が訪れた頃、提灯に明かりが灯る。

人ならざる者たちで賑わう帝都吉原は、今日も朝が来るまで眠らない。

帝都政府の官僚・蛭沼は、定刻通りにふたりの部下を引き連れて紅天楼にやってくると、我が物顔で部下たちに花魁・鈴音を紹介した。


「まるで天女のように美しい女だろう? 鈴音はいずれ、俺が花嫁として迎える予定さ」


蛭沼から鈴音を紹介された部下たちは、恍惚として花魁姿の鈴音に見惚れた。

『いい? 蛭沼様が部下を連れてくるのは、私を自分のものだとひけらかすためなのよ』

蛭沼は、見た目は四十くらいの線の細い男で、決して男前とは言えないが、非常に高慢であることを吉乃と白雪は予め聞かされていた。

今日もなかなか身請けを了承しない鈴音を、自分のものだと広言するため、酒の席を設けたいと願い出たということだ。

『でもね、残念ながら私は蛭沼様の花嫁になるつもりはないわ』

大金を落としてくれる上客と言えど、身請けを受け入れるかどうかは遊女と見世に決定権が委ねられている。

『いくらお客様が身請けしたいと言っても、遊女が首を縦に振らなければ成立しません。特に花魁ともなれば、身請けしたいと手を挙げるものは、ひとりやふたりではありませんから』

そう言った琥珀の瞳には〝銭〟の字が浮かんでいた。

楼主の琥珀は客の前に〝花嫁〟という人参をぶら下げて、大金を搾り取るのが仕事だ。