「……あなた今、私のこと、花魁の割に品がないなとか思っているでしょう?」

「え?」


けれど、部屋を出てしばらく歩いた先で、そう言った鈴音が突如として足を止めた。

そしてくるりと振り返ると、天女のような顔でジロリと吉乃を睨みつける。


「ねぇ、どうなのよ。私のこと、花魁らしくないと思っているんでしょう?」

「いえっ、私は──!」


次の瞬間、鈴音の綺麗な手が高々と振り上げられた。

吉乃は殴られると思って反射的に目を閉じたが、振り上げられた手は吉乃の顔の横を通過し、背後の壁に勢い良く置かれた。


「大丈夫よ。紅天楼では時代遅れの折檻(せっかん)なんてする奴はいないわ」

「え……」


恐る恐る目を開けた吉乃に、鈴音はそっと耳打ちをする。

それにしても、美女にされる壁ドンは迫力がある――なんて、呑気なことを考えた吉乃を前に、鈴音は睨むというより厳しい目をして言葉を続けた。


「でも、さっきみたいに簡単に異能を使うのは感心しないわ。特別な力は使い方次第で、使い手の運命を変えてしまうものだからね」

「使い方次第で……?」

「そうよ。これからは力を使うときはよく考えて使いなさい。そもそも私はそんな力に頼らなくても、今の地位についているの。もしもあんたが本当に涙の力を使ってのし上がってきたとしても、すぐに私が蹴落としてあげるから、覚悟しなさい」


断言した鈴音は美女だが、とても男前に見えた。

異能に頼らなくとも、鈴音は花魁の地位についた、一流の遊女なのだ。

吉乃を見る鈴音の目には揺るがぬ自信が滲んでいて、吉乃はそれをとても美しいと思った。