「浮雲だなんて本当の名で私を呼ぶのは琥珀だけさ。最初に言った通り、あんたもここの遊女になるなら、私のことはクモ婆と呼びな。〝さん〟もいらないよ。私は堅苦しいのは嫌いだからね」
ニイッと金歯を見せて笑うクモ婆には粋という言葉がピッタリで、吉乃は不思議と清々しい気持ちになった。
「本当にありがとうございます。これから、どうぞよろしくお願いします」
と、吉乃がもう一度鈴音とクモ婆に頭を下げたら、
「では、早速ですが吉乃さんには鈴音さんについていただき、ここでのことを一から学んでもらいます」
不意に口を開いた琥珀が、パチンと手を叩いて話を締めくくった。
「鈴音さん、あとのことはよろしくお願いしますね。絹と木綿は、吉乃さんから離れなさい。そのままでは吉乃さんの邪魔になってしまいます」
琥珀に注意されたふたりはあからさまに嫌そうな顔をしたが、吉乃が「またあとでね」と声をかけると名残惜しそうに離れていった。
「ふんっ。ほら、ボヤボヤしていないでさっさと私についてきなさい。あんたは今日から私の雑用係だからね」
「は、はいっ!」
鈴音に声をかけられ慌てて立ち上がった吉乃は、改めて部屋にいる面々に頭を下げた。
そして鈴音のあとを追って部屋を出る。
前を行く鈴音は相変わらず虫の居所が悪いようで、自分についてくる吉乃を振り返ろうともしなかった。
(鈴音さん、ずっと怒ってる……)
余程自分が気に入らないのだろうかと、吉乃は静かに肩を落とした。