「吉乃しゃまぁ~。どうか、なでなでしてくださいませぇ」
「オイラは猫じゃらしで遊んでほしいです~」
ふたりが吉乃を見る目はキラキラと輝いている。
まるで母親を見つめるようなふたりの視線に、吉乃は戸惑いを隠せなかった。
「どうやら、惚れ涙の効果は本物のようですね」
つぶやいたのは琥珀だ。
確かに琥珀の言う通り、ふたりはすっかり吉乃に夢中で、ゴロゴロと喉を鳴らしながらべったりくっついて離れそうにない。
「……まさか、本当にこんな力があるなんてねぇ」
そう言ったクモ婆は言い出しっぺのくせに、なにやら難しそうな顔をした。
「吉乃。あんたはこの力があれば、遊女としてどんな上客もすぐに手玉にとれることだろうよ」
けれどクモ婆の言葉を聞いた吉乃は、手放しで喜ぶ気になれなかった。
(惚れ涙の力は本物だったんだ。確かに遊女としてはこの上なく幸運な能力かもしれないけれど――)
半面、自分にすり寄る絹と木綿を見たら、複雑な気持ちにならずにはいられない。
「とんでもなく高貴な身分のお方に、身請けしてもらうことも夢じゃないよ。もしかすると、一生遊んで暮らせるかもしれないねぇ。考えたら、なんだか楽しくなってこないかい?」
まるで、夢物語のようだと吉乃は思った。
それと同時に吉乃の脳裏に浮かんだのは――桜の木の下で微笑む、咲耶の姿だった。
(咲耶さんも、遊女として私に異能を使えばいいと言うのかな)
いや、咲耶ならば異能を使うのはくれぐれも慎重にと言うのではないだろうか。
なぜだかそう考えた吉乃の胸にはやはり、不安の渦がまわっていた。