「それでもし、吉乃が惚れ涙の力を使って、あんたの客をたぶらかすようになったらどうする? 吉乃の力が本物なら、あんたは花魁の座を奪われちまうかもしれないよ。そうなる前に、吉乃は自分の監視下に置いておいた方が安心だと思わないかい?」
クモ婆の問いかけに鈴音は、一瞬、顔に迷いを浮かべた。
そして一考したのち、やや不本意そうに眉根を寄せて、吉乃を見やる。
「……わかったわ。もしも、あんたの力が本物なら、私の妹分にしてあげる」
鈴音の返事を聞いたクモ婆はニンマリとほくそ笑むと、パチン!と指を打ち鳴らした。
「そうと決まれば早速、玉ねぎの出番だね」
次の瞬間、ドロン!と右手に玉ねぎを出したクモ婆は、続けて指先から出した細い糸で、玉ねぎをあっという間に串切りにしていった。
「ひゃあ! 目に沁みます~!」
そう言って、ポロポロと涙を溢したのは絹だ。
さらにその隣では木綿も、目にいっぱいの涙を溜めている。
「どうだい、吉乃?」
吉乃の前に、あっという間に玉ねぎの山ができた。
気がつけば吉乃の目にもじわじわと涙の膜が張り、ついでに鼻の奥がツンと痛んだ。
「き、きてます……!」
玉ねぎの効果はてきめんだ。
と、そのとき、吉乃が瞬きをしたと同時に、両目から涙が一滴ずつ溢れ落ちた。
「危ない!」
咄嗟に、その涙を掬ったのは琥珀だ。
琥珀の手にはいつの間にか硝子の小瓶がふたつ握られていて、左右一滴ずつをそれぞれの小瓶に無事に収めた。