「それじゃあ、玉ねぎを使うのはどうだい!?」
「玉ねぎ、ですか?」
「ああ、生の玉ねぎを、あんたの顔の前でちょちょいと切るのさ。それで流れた涙を、絹と木綿に飲ませてみよう。妙案だろ?」
どちらかというと愚案だ。
突拍子もない話に、吉乃だけでなく琥珀も目を丸くした。
しかしクモ婆は意気揚々と言葉を続ける。
「絹、木綿、いいだろう? あんたたちは別に、吉乃に惚れても仕事になんら支障はないしね」
絹と木綿は琥珀の部下ではあるが、一番の仕事は紅天楼にいる遊女たちに尽くすこと。
だからふたりが吉乃に惚れ込んだとしても、大きな支障はないというのがクモ婆の言い分だった。
「絹、木綿、どうだい?」
「わぁ、惚れ涙、是非飲んでみたいです!」
「どんな味がするのか、とてもとても気になります!」
無邪気なふたりはそう言うと、その場でぴょんぴょんと跳びはねた。
琥珀は心配した分、拍子抜けした様子で呆れたように息を吐く。
「本当に、いいのかい?」
「「あいっ!」」
「決まりだね。それで、鈴音。あんたはもしも、吉乃の惚れ涙の力が本物なら、吉乃をあんたの妹分にしてやりなよ」
続けて言ったクモ婆は、成り行きを見守っていた鈴音を見やった。
「どうしてそういう話になるの!?」
鈴音の反論はもっともだ。
けれどクモ婆は「ふん」と鼻を鳴らすと、自身の顎をツンと持ち上げた。
「もし、吉乃の力が本物だったなら、その力を悪い方向へ使わないように、しっかりと見張る人間が必要だろう?」
クモ婆の主張はこうだ。
仮に鈴音が吉乃の世話を引き受けなかった場合、吉乃は中途半端な状態で、遊女として客をとることになる。