「その話、たった今断ったでしょう? 悪いけど私は、こんな世間知らずの世話をするなんて絶対にごめんよ」


鈴音の言う通り、吉乃は世間知らずには違いない。

それというのも吉乃は現世にいたころ養父母に、行動を極端に制限されていた。

だから、流行り廃りに関しても非常に疎く、友達と呼べる存在もいなかった。

帝都吉原に関する知識も、知っているのは養父母から聞かされたことだけだ。

(こんなことになるなら、嫌な顔をされても、村の長老から帝都吉原に関することを学んでおけばよかった)

まさか、ここまで自分がなにも知らないとは、吉乃も知らなかったのだ。

鈴音に邪険にされるのも仕方がない。

花魁ともなれば忙しくて、新入り遊女の世話をする時間がないのも当然。

さすがの琥珀もここまで拒絶されると取り付く島もないようだった。


「そういうわけだから、私はこれで失礼するわ」

 
艶のある黒髪を(なび)かせ、くるりと鈴音が踵を返した。


「これ、鈴音。あんた、花魁ともある女がくだらない駄々をこねるんじゃあないよ」

「え──」


そのときだ。開いたままだった襖の向こうから独特なしゃがれ声が聞こえて、鈴音の足が止まった。

ハッとして吉乃が目を向ければ、そこには腰の曲がった老婆がひとり、立っていた。

老婆は吉乃を見てニヤリと笑うと、静かに部屋の中に入ってくる。


「あんたが例の、異能の娘かい。なるほど、確かに人にしては珍しい瞳の色をしているね」


そう言うと老婆は吉乃の顔をまじまじと見つめた。

吉乃はなんと答えたら良いのかわからず、つい口ごもってしまった。