「ちなみにね。今は咲耶様が人の女を抱えて、花街の目抜き通りである仲之町通りを人目もはばからずに歩いていたという話が大きく触れまわられているわ」
「なぜ、そのお話が、そんなに話題になるのですか?」
「ふんっ。本当に、まだなにもわかっていないのね。咲耶様は、人ならざる者の中でも神威の将官を務めるほどの特別な存在。帝都吉原一の大見世の花魁の私でさえ、咲耶様には簡単には近づけない。それくらい、雲の上のお方だってことなのよ」
そう言うと鈴音は、悔しそうに爪を噛む仕草を見せ、吉乃から目を逸らした。
「その咲耶様が白昼堂々と、人の女を抱きかかえて歩くなんて前代未聞よ。でも、だからこそ、あなたは咲耶様にとって特別な存在なのだと、帝都吉原に関わる者たちに必然的に認識されたというわけよ」
驚いた吉乃は、今日の出来事を思い出す。
──吉乃を抱えて花街の大通りを堂々と歩いた咲耶。
あのとき吉乃は、眉目秀麗な軍人に貧相な人の女が抱きかかえられていれば注目を浴びて当然だと思ったが、実際はその軍人が咲耶であるということが、なにより周囲の目を引く理由だったのだ。
「咲耶様にとって特別な存在となれば、余程の愚か者か、命知らずでなければ、簡単には手を出せなくなりますからね」
琥珀の補足を受けた吉乃は、改めて今日、咲耶から言われた言葉を思い返した。
『寧ろ俺は、見せつけているんだ。お前は俺のものだと、帝都吉原に住む者たちに知らせている』
(そうか。あれは、そういう意味だったんだ)
吉乃は惚れ涙の力のせいで、これから大蜘蛛のような奴らに狙われる可能性がある。
けれど、畏れの象徴でもある神威の将官を務める咲耶が懇意にしている相手ともなれば、賊も不用意に手を出せなくなるというわけだ。
(咲耶さんは神威の将官として私を守るために、わざわざ私を抱えたまま大通りを歩いてくれたんだ)
すべては、珍しい異能持ちの遊女を賊の手に渡さないように管理するため。
(じゃあ咲耶さんが遊女の私を護ると言ったのも、仕事の一環という意味で……?)
「一部では、咲耶様があんたを花嫁に娶るのではないかなんていう話まで出てきているけれどね……」
と、ぼんやりと考え込んでいた吉乃を鈴音の声が現実に引き戻した。
鈴音は一歩前に出ると、我に返ったばかりの吉乃の髪を一束掴んで、綺麗な顔を近づけた。