「あなた、まさか自分が異能持ちだと知らずにここへ来たの?」

「はい……。でも、すごいですね。ついさっき起きたことなのに、もうこんなにも皆さんに話が知れ渡っているなんて驚きました」

「ふん。そんなの、ここでは常識よ。帝都吉原ではね、私たち遊女は常に監視されているのだから」


そこまで言うと鈴音は、そばの障子を顎で指した。


「現世でも、『壁に耳あり障子に目あり』という諺があるでしょう? ここ、帝都吉原では本当に、壁に耳があって障子に目があるの。だから遊女に自由な時間なんてないと思っていた方がいいわ」


吉乃がそばの障子を見ると、ギョロっとした目が『見つかった!』というように驚いたあと引っ込んだ。


「い、今のって……」

「壁の耳と障子の目は帝都吉原では合法よ。だから格式高いこの見世にも、今みたいな監視の耳と目は常にある。覚えておくことね」


また新たな事実の発覚だ。

吉乃は頭の中で広げた覚書に、急いで新情報を書き足した。


「壁の耳と障子の目のような低級妖は盗み聞きや盗み見が好きで、あちこちで見たり聞いたりしたことを言いふらすのよ。だからあなたも紅天楼の遊女になったのなら、これからは自分の身の振り方にもよく気をつけるべきね」


鈴音から注意を受けた吉乃は、さらに背中を丸めてしまう。

やっぱり自分には紅天楼の遊女という肩書きは重すぎる。

挙句の果てには花魁である鈴音の世話になるなど烏滸(おこ)がましいし、ここにいること自体、身の丈に合わないと感じてしまった。