「咲耶様、あまりからかわないでください! 咲耶様が言うと冗談に聞こえないから、いけません!」
対する琥珀は顔を真っ赤にしながら慌てて反論した。
シュンと折れた耳と尻尾が、なんだかとても可愛らしい。
(大見世の楼主様に対してこんなことを思うのは失礼かもしれないけれど、なんだか琥珀さんのことは怖くはないかも)
一応猫又の妖らしいが、大蜘蛛を前にしたときに感じた不気味さは微塵もない。
「吉乃。見ての通り琥珀は悪い奴ではないし、ここ帝都吉原内では数少ない信頼の置ける者のうちのひとりだ」
と、吉乃の頭にポンと手を置いた咲耶は、口元を優しく綻ばせた。
(もしかして、今、琥珀さんをからかったのは、私を安心させるために……?)
なんて、都合のいい解釈だ。
けれど吉乃が勘ぐっているうちに、
「では、俺はこれで失礼する。琥珀、くれぐれも吉乃のことを頼んだぞ」
咲耶は優雅に踵を返して、見世を出ていってしまった。
(結局……咲耶さんは、悪い人ではなかったのかな?)
大蜘蛛を一瞬で消し去ったときには驚いたし、信用していいのか迷ってしまった。
しかし、桜の木の下で話しているうちに、どうしてか咲耶を疑う心が消えていた。
(私を花嫁だと言ったのは、本気だったのかな――?)
いやまさか、そんなはずはない。
やっぱりからかわれたのだと考えながら、吉乃は手の中のとんぼ玉を見つめた。