「これを肌身離さず持っておけ。もしものときに、きっと役に立つだろう」
咲耶はそのとんぼ玉を吉乃に握らせると、とても綺麗に微笑んだ。
再び強く風が吹いて、桜の花びらが宙を舞う。
光に透けた咲耶の髪色と同じ薄紅が、辺りを優しく染め上げた。
まるで、桜の海の中を泳いでいるような。
(こんなに綺麗なものを見るのは、生まれて初めて)
トクン、トクンと吉乃の胸の鼓動が速くなる。
真っすぐに自分を見つめる眼差しは清廉で、とても力強かった。
「あ、あの……」
なにを言ったらいいのかわからず、吉乃は口ごもった。
『ありがとうございます』と伝えた方がいいのだろうか。
戸惑う吉乃を見て柔らかに目を細めた咲耶は、再び静かに口を開いた。
「そのとんぼ玉さえ持っていれば、吉乃はひとりでも鳥居をくぐってこの場所に来られる。吉乃だけは、いつでも俺の屋敷を訪ねてくれていいからな」
「そ、それはどういう──」
「……時間切れだ。名残惜しいが、そろそろ行くか。事情聴取はこのあたりで終わりにしよう」
「え……ひゃっ!?」
次の瞬間、咲耶はまた吉乃を抱え上げた。
手の中のとんぼ玉を落としそうになった吉乃は、慌ててそれを胸元へと引き寄せた。
右往左往する吉乃を見た咲耶は口角を上げて笑うと、「行くぞ」と告げてから、またなにかの呪文を唱えはじめる。
(わ……)
直後、吉乃と咲耶の身体が、薄紅色の光に包まれた。
思わず目を閉じた吉乃が次に目を開いたときには――見覚えのある建物の前にいた。