「あ……」


と、そのとき。思い悩む吉乃の目の前を桜の花びらが横切った。

誘われるように顔を上げた吉乃は視界を埋める満開の桜に驚き、思わず息を呑んで感嘆した。


「すごい、綺麗……」


白く霞がかった空には薄紅色がよく馴染み、まるで生きた水彩画を見ているようだ。

たった今、咲耶について悩んでいたのに、モヤモヤとした思いは心の隅へと消えていく。

同時に、吉乃はなぜだかとても懐かしい気持ちになった。

(どうしてだろう……。初めて来る場所なのに、初めて来た気がしない)

風が吹く度に花びらが舞い落ちる様はとても幻想的で、この世のものとは思えぬほど美しい。


「不思議……。私、この桜の木を、どこかで見たことがあるような気がします」


そう言った吉乃は咲耶の手を離し、ゆっくりと桜の木の下まで歩を進めた。

はらり、はらりと舞う薄紅色はとても綺麗で、まるで吉乃を歓迎してくれているようにも思える。