「そうか。お前に怪我がなくて、本当に良かった。だが、痛むところが出てきたらすぐに言え。我慢する必要はないからな」
穏やかな笑みを浮かべた咲耶は、大蜘蛛を叩き斬ったときとはまるで別人だ。
たった今、吉乃は絆されてはいけないと自分を諫めたばかりなのに、こんなふうに優しく声をかけられたら戸惑わずにはいられなかった。
(どちらの彼を、信じたらいいんだろう)
黒い靄をまとった咲耶と、今、慈愛に満ちた目で吉乃を見つめる咲耶。
ふたりは同一人物とは思えないほど、まとう空気がまったく違い、吉乃は困惑してしまった。
「それでは行くぞ」
けれど次の瞬間、予告なく身体が宙に浮いて、吉乃の口からは短い悲鳴が漏れる。
「ひゃっ……!」
(う、嘘っ)
咲耶が、吉乃を軽々と抱え上げたのだ。
いわゆるお姫様抱っこをされた吉乃は驚き、思わず挙動不審になった。