「い、今のは……」
一瞬の出来事で、耳をふさぐ猶予もなかった。
事態を飲み込めない吉乃は茫然自失して、今の今まで大蜘蛛がいた場所を見つめていた。
「くだらないな。実につまらん」
吐き捨てるように言った咲耶は、構えていた刀を鞘へと戻す。
すると黒く染まっていた髪が元の銀色と薄紅色に戻り、紅色に変わった瞳も、元の黒色へと戻っていった。
(やっぱり……この人も、間違いなく人ならざる者なんだ)
ここは帝都。当たり前だが、咲耶も見た目は吉乃と同じ人でも、正体は恐ろしい力を持った人ならざる者なのだ。
一瞬でも咲耶の美しい外見と、自分に向けられた微笑みに絆されかけた吉乃は、浅はかな心を強く諫めた。
「咲耶様! 蜘蛛の糸と、巻き込まれた女たちの救助もすべて終わりました!」
と、咲耶と同じ軍服をまとった者のひとりがやってきて、敬礼しながら状況の報告をはじめた。
先ほどの咲耶の話が事実であるなら、彼も神威の隊士なのかもしれない。