* * *
「んん……? あれ、俺は一体、どうなって……」
長い夜が明け、眠っていた禅が目を覚ましてゆっくりと身体を起こす。
「――禅さん、おはようございます。昨夜はありがとうございました」
「へ?」
「禅さんのおかげで、無事に遊女としての一歩を踏み出せます」
薄紅色の瞳を細めて吉乃が笑う。
禅はなにが起きたのかさっぱりわからない様子だったが、突然目を見開くと、前のめりで吉乃の顔を覗き込んだ。
「ま、まさか、惚れ涙の影響か!?」
「え?」
「昨夜のことを俺はさっぱり覚えてない! まさか吉乃、お前……知らぬ間に、俺に涙を飲ませたのか!?」
禅は真剣だ。
吉乃はキョトンとしながら瞬きを繰り返すと、今度は息を吐くように顔を綻ばせた。
「ふふっ、どうでしょうか」
吉乃の目の前を一枚の桜の花びらが、静かに横切る。
ここは騙し騙され、化かし合いが常の世界。
昨夜の真実を知るのは、吉乃と咲耶のふたりだけ──。