「予想通り、吉乃の魂は甘いな。だが、癖になる。吉乃は何度食べても飽きることがなさそうで危険だ」
そう言うと咲耶は、吉乃の額に自身の額を重ねた。ドキドキと胸の鼓動が鳴り止まないのは、咲耶の甘い言葉と綺麗な顔が、吐息もぶつかる距離にあるからだ。
「本当は――今すぐお前をここから連れ去ってしまいたい。お前の味を知る男は、俺だけで十分だ」
けれど、続けられた言葉に、吉乃の心は大きく揺れる。
水揚げも済み、十八になったら吉乃は正式な遊女となる。
そうなれば今のように、今度は客を相手に口付けをすることもあるのだ。
「このままお前を攫ってしまいたい。だが、今の俺はここからは離れられない、呪われた身だ」
そう言った咲耶はそっと目を伏せて、再び静かに話を続ける。
「先ほども話した通り、俺はこの桜の木と一心同体の存在だ。神木であるこの桜の木が帝都吉原にある以上、俺もこの地に縛り付けられる」
「それはつまり……咲耶さんは、私を身請けすることはできないということですか?」
「……ああ。それが、帝都政府との間に結ばれた契約だからだ。地獄に縛り付けられた俺は、現状から逃れることは許されない」
──契約というより、まるで呪いだ。
けれど吉乃は咲耶のその言葉を聞いて、ふとあることを思い出した。
「花魁になったら、ひとつだけ願いが叶えられる……」
(ああ、そうか)
本当にふたりは巡り会うべくして巡り会った、比翼連理なのかもしれない。
「吉乃?」
「今の話だと、咲耶さんは、今は帝都吉原を護る神様で、この桜の木がここにある限り、帝都政府に従い続けなければならないってことですよね?」
「ああ、そうだが……」
「わかりました。それなら、私にもできることがあります」
そう言うと吉乃は真っすぐに咲耶の目を見つめ返した。
力強く眩しい光をまとった美しい瞳に、咲耶は思わず見惚れてしまう。
「私は、紅天楼で花魁になります。そして花魁になれたら帝にお願いして、この桜の木を帝都吉原ではない別の場所に移してもらって咲耶さんの呪いを解きます」
――帝都の帝は、他者の心を手に入れられるような願いは叶えられないが、それ以外の願いなら叶えてくれる。
ようやく吉乃の言葉の意味を理解した咲耶は、驚いて目を見開いた。
対する吉乃は、咲耶を見て屈託のない笑みを浮かべる。
「そうすれば、咲耶さんは解放されるんですよね」
「だが……それでは吉乃に苦しい道を歩ませることになってしまう。俺は以前、帝都吉原では自己犠牲の精神など持っていても、己の首を絞めるだけだと言ったはずだ!」
「いいえ、これは自己犠牲などではありません。これまで私は何度も咲耶さんに助けていただきました。だからこれからは、私が咲耶さんを助けたい。咲耶さんをお慕いしているからこそ、そうしたいんです」
そう言う吉乃の目には、薄っすらと涙の膜が張っていた。
花魁になる――それは正に茨の道を歩むということ。
それでも吉乃は咲耶を救うためなら、その道を行くことをためらわない。
咲耶だけじゃない、自分自身のためにもその道を選びたいと思うのだ。