「吉乃の名の由来を聞いたとき、彼らの子孫だと確信して胸が震えた。俺が愛し、大切に想ってきた者たちと、今度こそ深い縁で繋がった関係になれると思ったのだ」
吉乃が咲耶と初めて会ったとき、咲耶はとても驚いた様子だったが、こんな事実が隠されていたのだ。
「じゃあ、私は咲耶さんのものだと、私が生まれる前から決まっていた。私が咲耶さんの花嫁だというのも――それが理由ですか?」
咲耶に問いかけた吉乃は、複雑な気持ちで咲耶のことを見上げた。
咲耶が初めから自分を気にかけてくれていたのは、単に吉乃が咲耶の力を授かって生まれた子だったからなのだと思ったのだ。
(咲耶さんが私を花嫁だと何度も言ったのも、私の先祖が、咲耶さんの大切な人たちだったから?)
「吉乃? なにを萎れている」
「……別に、萎れてなんていません」
「嘘をつくな。こっちを向け。俺を見ろ──」
そっと吉乃の頬に触れようとした咲耶の手を、吉乃は咄嗟にヒラリと躱した。
「……咲耶さんは、やっぱりなにもわかっていません」
「吉乃?」
「私が今、どんな気持ちなのか。咲耶さんが私のことを花嫁だと言う度に、どんな想いになったのか。絶対絶対、咲耶さんはわかってない」
ざわざわと桜の木が揺れ、ふたりを薄紅色の景色が包み込んだ。
赤くなった吉乃の頬を美しい涙が伝う。
それを見た咲耶は目を瞬くと、堪りかねたように破顔した。
「ふっ……ハハッ」
「ど、どうして笑うんですか!? 私は真剣なのに……っ」
「ふっ……すまない。吉乃があまりに可愛くて愛しくて、勝手に顔が緩んでしまった。許せ」
「え──」
次の瞬間、一瞬の隙をついて咲耶が吉乃の身体を抱き寄せた。
途端に、吉乃の鼓動が波打つように鳴りはじめる。
密着したら咲耶にすべて伝わってしまうと思ったが、なぜだか今は、咲耶から少しも離れる気にはなれなかった。
「俺はお前のうちに秘められた静かな強さに惹かれた。吉乃の先祖たちが大切だからじゃない。俺は吉乃が大切で、愛しくてたまらないんだ」
「嘘……」
「嘘じゃない。だから吉乃、下を向くな。お前は常に俺をその瞳に映していろ」
「咲耶、さん……?」
「吉乃と俺は、比翼連理だ。俺だけの、愛しい花嫁。他の誰にも譲るものか」
「ん──っ」
言葉と同時に、唇と唇が重なった。
すると次の瞬間、吉乃の身体を熱いなにかが駆け巡った。
(な、なに、これ……)
熱さは喉元を通り過ぎ、身体の中心で止まると、まるで燃えるように胸を強く焦がしたあと全身に染み渡ってから消えていく。
「い、今、のは……」
「お前の魂を俺が味見した」
「え……」
「よかったな。これで水揚げも終わった。あの馬鹿の世話になる必要はなくなったというわけだ」
不敵に笑った咲耶は、満足そうに吉乃の頬に手を滑らせる。
吉乃は未だに状況が飲み込めず、自身の胸に手をあてるだけで精いっぱいだった。