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薄紅色の花びらが、夜の闇にまぎれて宙を舞う。
美しく咲き誇る桜は幻想的で、まるでここだけ時間が止まっているかのような錯覚を起こさせた。
「この桜は……咲耶さんのようですね」
美しく清廉で、何者にも邪魔されない凛とした強さを持っている。
満開の桜を見上げた吉乃は、思ったことをそのまま口にして小さく笑った。
すると、吉乃を地面に下ろした咲耶は、木の幹に触れながら薄紅色の景色を静かに見上げた。
「当然だ。この桜は、俺自身なのだからな」
「え……?」
「俺は元々、この桜の木を神木として祀られた山の神だった。俺とこの桜の木は、ふたつでひとつの存在なんだ」
思いもよらない話に、吉乃は驚いて目を見張る。
咲耶は桜の木を神木として祀られた山の神──。
どこかで聞いたことのある話だ。
その昔、山を護るための神が宿った桜の木の伝説を、吉乃は聞かされたことがあった。
「この桜の木は帝都吉原が創建された際に、この地を護る御神木に選ばれ、〝無理矢理〟ここに移植された」
「無理矢理って……」
「本来、俺には護るべき土地があった。けれど俺の力に目をつけた帝都政府と現世政府の役人の手により、俺は自分の意思とは関係なく、この場所に閉じ込められた」
ざわざわと、咲耶の瞳の色が紅く色付く。
それは黒い靄をまとったときと同じで、吉乃は思わず息を呑んだ。
「神でありながら恨みを抱いた俺の魂の半分は邪道に堕ち、邪気に満ちた鬼と化した。結果として俺は魂の半分が神堕ちした状態になり、鬼神と成り果てたのだ」
「鬼神……」
黒く染まりかけた髪が元の銀色と薄紅色に戻っていく。
瞳の色も紅から黒に戻ったのを見た吉乃は、安堵の息を溢した。
「今となっては、力を得られたことは幸運だったと言えるがな。常に有象無象の悪意が蔓延るこの地を護るためには、穢れた鬼の力も必要だ。神威の将官の地位についてからは、さらにそれを実感してばかりいた」
そこまで言うと咲耶は幹から手を離し、吉乃を振り返った。
桜を背負って立つ咲耶は今にも消えてしまいそうなほど儚げなのに、どうしようもなく目を惹きつけられる。