「吉乃は、今日も本当に綺麗だよ! まるで菩薩様を見ているようだねぇ」


紅天楼が混乱した大事件から二週間後。

今日はいよいよ、吉乃の水揚げ――初魂の儀が執り行われる日だ。


「これなら禅殿も大喜びさ! いや、喜ばなけりゃ、私が禅殿を張っ倒してもいいね。吉乃を傷付ける奴は、この私が許さないからね」


フン!と鼻を鳴らしていきり立っているのは他でもない、クモ婆だ。

クモ婆はあの一件で吉乃の惚れ涙を飲み、すっかり吉乃に惚れ込んでしまっていた。

『しばらくは様子見になりますが……。浮雲さんも白雪さんも、紅天楼の大切な仲間です。これを機に、おふたりが心を入れ替えて、もう一度見世を盛り上げてくれたら嬉しいです』

咲耶にふたりの処遇を一任された琥珀は結局、クモ婆も白雪のことも切り捨てなかった。

結果としてふたりは紅天楼に残ることになり、クモ婆は相変わらず遣手として働き、白雪も遊女見習いとして鈴音の妹分を務めていた。

今回の采配を願い出たのが吉乃であることを知った帝都吉原に住む者たちは、今は紅天楼の異能持ちの遊女は仏のような心を持った女だと噂をしている。

『吉乃ちゃん。今まで本当にごめんなさい。信じてもらえないかもしれないけど、私は吉乃ちゃんの友達だって胸を張って言えるようになるまで、頑張るから』

あの日、泣きながら吉乃に頭を下げた白雪のことを、吉乃は責める気にはなれなかった。

『こちらこそ、これからは本当の意味で雪ちゃんと友達になれたら嬉しい』

そう言ってぎこちなく微笑んだ吉乃を前に、白雪はやっぱり泣きながら何度も『ごめんね、ありがとう』と呟いた。


「ああ、いいじゃない。桜色の着物がよく似合っているわね」


と、ふらりとやってきたのは鈴音だ。

あの一件以降、吉乃と鈴音の関係にも変化があった。