「あんたがクモ婆に加担したのは、現世行きに目がくらんだわけじゃない。私を想ってしたことでもあったんだろう?」


次の瞬間、鈴音のその言葉を合図に、白雪は張り詰めていた糸がプツリと切れたようにワッ!と声を上げて泣き出した。


「ごめんなさい、本当に本当にごめんなさい!」

「雪ちゃん……?」

「私は、鈴音姉さんに憧れていました! いつか鈴音姉さんが夢を叶えたときに、一番近くにいることが私の一番の夢だったんです!」

「え……」


そこまで言った白雪は、嗚咽を漏らしながら今回のことに至った経緯を話しはじめた。


「最初は、同い年の吉乃ちゃんが見世に来てくれたことがただ嬉しくて――」


けれどその後、絹と木綿が吉乃に惚れ込んでいるのを見て驚いた。

なにより、白雪がクモ婆に加担することを決めた一番の原因は蛭沼の一件だった。


「あんなに鈴音姉さんに惚れ込んでいた蛭沼様が、吉乃ちゃんの惚れ涙を飲んだ途端にあんなことになってしまって……。それだけじゃない。咲耶様まで吉乃ちゃんに夢中で、鈴音姉さんに恥をかかせたのが許せなかった」


このままではいずれ、吉乃は鈴音の地位を脅かす存在になるかもしれない。

鈴音を姉として慕う白雪は、そうなる前にクモ婆の誘いに乗って吉乃を排除することを決めたというわけだった。


「やっぱりあなたがクモ婆に加担したのは、私のためだったのね」


鈴音の問いに、白雪が涙を流しながら小さく頷く。

話を聞いた吉乃は、身体から力が抜けていくのを感じた。


「よ、吉乃ちゃんさえいなくなれば、咲耶様も鈴音姉さんの元に通ってくれるのではないかとも思って――」

「馬鹿! あんたは本当に馬鹿だよ。それで私が喜ぶと、本気で思ったの!?」


鈴音が目に涙を溜めて白雪を叱責する。

すると白雪はまた崩れ落ちて大粒の涙を流した。


「ごめんなさいっ。吉乃ちゃん、鈴音姉さん……っ。本当に本当にどうしようもない馬鹿で、ごめんなさい……」


必死に謝る白雪を見た吉乃は、まるで自分のことのように胸が痛むのを感じていた。

同時に、この約一カ月半と少しの日々を思い出す。

帝都吉原に来てからというもの、吉乃のそばにはいつも、白雪がいてくれた。

同室で、同い年なのだから当然と言えば当然かもしれない。

けれど白雪は吉乃が稽古で上手くいかないときはいつも、励まし、支えてくれたのだ。

(クモ婆と同じで、それらがすべて偽りだったとしても……)

友達と言ってくれたこと。

自分に笑いかけてくれたことが──吉乃はとても、嬉しかった。


「雪ちゃん……もう、顔を上げて」

「吉乃、ちゃん……?」

「もう謝らないで。もう十分、雪ちゃんの気持ちは伝わってきたよ。これまで雪ちゃんの気持ちに気付けなくて、本当にごめんね」


もし、吉乃と白雪が本当に心を許せる友人関係だったのなら、こんなにも白雪が気持ちをこじらせることもなかったのかもしれない。

そもそも蛭沼の一件が引き金となったのなら、吉乃にも責任がある。

なにより吉乃はこれまで白雪に励まされることはあっても、白雪を励ますことは一度もなかった。

(私が雪ちゃんにとって頼れる存在だったら……雪ちゃんを、ここまで追い詰めることもなかったはず)

そうして吉乃は咲耶に向き直ると、今度は深々と頭を下げた。