「そいつは自分でも自覚している通り、大蜘蛛や蛭沼、がしゃ髑髏と同じ罪人だ。それなのに、そいつだけは生かしたいというのは、それこそ手前勝手で、偽善的な考えだと思わないのか」
「咲耶さんの仰る通りだと思います。でも、たとえ裏があろうと、クモ婆が私に良くしてくださったのは事実なんです。だからやっぱり、私はこのままクモ婆を見殺しにはできません!」
本当に身勝手で、甘ったれた奴だと批難されても仕方がない。
それでも吉乃は頑として譲らなかった。
邪気にあてられた咲耶に臆することなく立ち向かう吉乃。
そんな吉乃を前に、咲耶は逡巡したのち呆れたような息を吐いた。
「では、お前はそいつをどうするつもりだ。どちらにせよ、不穏をもたらしたその女郎蜘蛛は神威の処分対象。今、生かしたところで、結局は粛清される運命なんだぞ」
紅い瞳に見つめられ、吉乃は一瞬怯みそうになった。
(どうしよう。どうすればいい?)
このままでは、どのみちクモ婆は消されてしまう。
遅かれ早かれの話だ。それならいっそのこと、ここで咲耶の手にかけられた方が苦しまずに済むのかもしれない。
「なにより、ここで逃がせば、いつまた吉乃に害をなすとも限らない」
「わかっています。わかっているけど、私は――」
そのときだ。吉乃は自分の頬を、温かいなにかが伝い落ちるのを感じた。
「なみ、だ……?」
咲耶も驚いて目を見開く。
吉乃は自分でも気づかぬうちに、涙を溢していた。
「私、なんで……」
どうしてこのタイミングで涙が流れるのだろう。
吉乃は頬を伝う涙の温もりを感じながら、茫然と立ちすくんだ。
けれど、直後、〝ある発想〟が頭に浮かぶ。
「涙……。そうだ、涙……! 私の涙を、クモ婆に飲ませます! そうすれば、クモ婆は私の話を聞いてくれて、私を襲うこともなくなるかもしれませんよね!?」
「なにを言って──」
目を丸くした咲耶に背を向けた吉乃は、頬を伝う涙の雫を人差し指の背にすくってのせた。
そして、意を決してその涙の雫をクモ婆の口の中にぽたりと落とす。
(クモ婆、ごめんなさい!)
次の瞬間、クモ婆の身体が薄紅色の光に包まれて、女郎蜘蛛の姿から吉乃がよく知る人型に戻った。
「これ、は……」
「ぐ、う……っ。ゲホッ、けほっ」
咳き込んだクモ婆が、ゆっくりと目を覚ます。