「あんたの涙は、とても危険な代物さ」

「クモ婆……」

「放っておけば、いつか私のような思いをする者が出てくるかもしれないと、私は蛭沼の一件を経て確信した! だから私が、きちんと管理してやらないと! 私が、私があんたを……っ」


クモ婆が叫ぶ。吉乃はクモ婆の想いを聞きながら、自身の胸が痛むのを感じた。

(クモ婆はお金のために私の涙を欲していると言ったけど、本当は今言ったことが目的だったんだ)


「浮雲さんの苦しみは、わかりました。でも……だからと言って、切見世長屋の遊女を消したことは許されることではありません」


もちろん、身勝手な考えで吉乃を勝手に危険分子として排除しようとしたことも間違っている。

しかし琥珀の言葉を聞いたクモ婆は、


「あの女はね、現世で妻子のある男たちを何人もたぶらかし、いくつもの家庭を壊したことが原因で帝都吉原に送られてきた、法でさばけぬ罪人だったのさ」


そう言うと、怒りでワナワナと身体を大きく震わせた。


「放っておいても近々身が朽ち果てるところだった。だが、現世であの女に苦しめられた者たちは、その程度の死に方で納得するかい? 私は、あの女のような奴を許すことができない。他人の心を踏みにじる奴は、妖よりもよっぽど恐ろしい化け物さ!」

「あ……っ」


そこまで言うとクモ婆は突如上体を反らし、あちこちに蜘蛛の糸を張り巡らせた。


「どうせ、あんたたちに私の気持ちなどわからないだろう! こうなったら悪人らしく、最後まで足搔かせてもらうよ! がしゃ髑髏を利用し、切見世長屋の遊女を手にかけた私は、どの道、地獄行きが決まっているからね!」


クモ婆のその言葉を合図に、地面から有象無象の蜘蛛たちが這い出てきた。

あまりの数に吉乃は悲鳴を上げそうになったが、そばにいた咲耶が震える吉乃の身体をさらにキツく抱き寄せた。


「琥珀、禅。ゴミはお前たちと部下に任せる。俺はこちらの婆をやろう。ぬかるなよ」


そうして咲耶は吉乃を自分の背後に守るように立たせると、恐ろしい女郎蜘蛛の姿になったクモ婆と対峙した。


「吉乃、お前は俺から離れるな」

小童(こわっぱ)が。誉れ高き神かなにか知らないが、数百年を生きた私の苦しみを思い知れ!」


クモ婆の吐き出した糸が、咲耶の身体を素早く捕らえた。


「咲耶さんっ!」


思わず叫んだ吉乃を、咲耶が辛うじて糸から逃れた右腕で制して止める。


「ふん、口ほどにもない男だ。私の糸はこの私と同じで執念深く、一度捕らえられたら簡単に解くことはできない。このまま美味しく喰ってやろう!」


吉乃たちの後ろでは、次から次へと這い出る子蜘蛛を、琥珀や禅、そして神威の面々が退治していた。

グワッと大きく口を開けたクモ婆が、咲耶に迫る。

それに、思わず吉乃が目を閉じようとしたら──。


「品のない食事だ」


咲耶を捕まえていた蜘蛛の糸がプチプチと千切れ、ドス黒い炎が咲耶の全身を包み込んだ。