「女の人たちを捕らえている糸を、今すぐ消してください!」

「フハハッ、いいだろう。だが、女たちを解放するのは、ワシとオマエがここを出たあとだ!」


大蜘蛛の恐ろしい腕が吉乃に向かって伸びてくる。

吉乃は思わずその場に膝をつくと、ギュッと強く目を(つむ)った。


「──なんだ、随分と肝の座った女がいるな」


そのときだ。

不意に低く(つや)のある声が聞こえたと思ったら、辺りの空気が一変した。

閉じたばかりの瞼を開いた吉乃は、弾かれたように声のした方へと振り返って息を呑む。

(だ、誰……?)

案内所の扉の前。視線の先には、白い軍服を身にまとった男が立っていた。

年は二十代半ばくらいだろうか。漆黒の瞳は夜の海のように静かで、感情が読み取れない。


「その度胸は、遊女として生きていくための武器になるだろう。だが、ここ、帝都吉原では自己犠牲の精神など持っていても、己の首を絞めるだけだぞ」


そう言うと男はすぐに吉乃から視線を外してしまったが、凛として佇む様は精悍で、この世のものとは思えぬほど美しかった。