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『お願い、私をお歯黒堂に連れていって!』
クモ婆に言われて見送りのために部屋を出た鈴音は、禅にそう懇願して頭を下げた。
初めは渋っていた禅も、鈴音の必死な様子に絆され、烏天狗の力で鈴音を抱えて、お歯黒堂までひとっ飛びでやってきた。
『す、鈴音姉さん!?』
すると、そこには取り乱す白雪を必死に宥める琥珀と、神威の隊士たちに指示を出す咲耶がいた。
けれど鈴音は、白雪が泣きながら酷い暴行を受けたと必死に訴えている割に衣服が乱れていないことに不審感を抱いて、白雪を問い詰めたという。
『白雪。あなた、なにかを隠しているわね』
鈴音の問いに、白雪は初めは目を泳がせて事実を誤魔化そうとした。
『もし、隠し事があるのなら正直に言いなさい。今なら私はあなたを信じる。これ以上、大切な妹を疑いたくはないの』
しかし結果として、鈴音のその言葉が白雪の心を動かす引き金となった。白雪はその場に崩れ落ち、一連の出来事の真実を鈴音と禅、琥珀と咲耶に打ち明けた――。
「ごめんなさいっ。本当に本当に、ごめんなさい……」
泣き崩れた白雪は、吉乃に向かって頭を垂れ、地面に額を擦りつける。
その光景を見た吉乃の胸は酷く痛んだ。白雪は本当に、クモ婆の共犯者だったのだ。
「白雪の純真さに付け込んだ、醜い老いぼれ婆が! 地獄に堕ちろ!」
叫んだ鈴音が、白雪を守るように前に立つ。
クモ婆はその光景を見ながら、また悲し気に顔を歪めた。
「ふん……女同士の友情や姉妹愛など、どうせすべてまやかしさ」
「クモ婆……?」
「私がまだ若い頃、とある見世で雑用係をやっていたときにね、私には友人と呼べる人の女がいた。なんでも相談し合える、親友とも呼べる仲だったさ。でもその子は、私を呆気なく裏切ったんだ」
そうして静かに話しはじめたクモ婆は当時を思い出したのか、苦しそうに声を震わせた。
「小見世の遊女だったその娘は、私の婚約者だった妖をたぶらかし、自分を身請けさせて帝都吉原を出た。そう、その子が私に近づいたのは、最初から私の婚約者を奪って自分が苦界から抜け出すためだったのさ」
「そんな……」
「それから帝都吉原に取り残された私は必死で働き、紅天楼の遣手婆の地位まで上り詰めた。私の婚約者の心を惑わせたあの女のことを、私は一生忘れない。他人のものを――卑怯な方法で奪うなど、許せることじゃないからね!」
そこまで言ったクモ婆が吉乃を睨む。
その目には悲しみと憎悪が滲んでいた。