「う……っ。ここ、は?」
「お歯黒堂だ。女郎蜘蛛の巣を壊して、俺が飛んできた場所へと戻った」
咲耶の言葉を聞いた吉乃はすぐに、クモ婆を見る。
地面に這いつくばったクモ婆は、忌々しそうに咲耶のことを睨みつけていた。
「まさか、私が百年もかけて創った空間を、こうも簡単に消し去るとは……」
「所詮、中途半端な力を持った妖が創った、まやかしの空間だ。幻術を解いてしまえば空間は消え、現実に帰ってくる。それだけの話だ」
咲耶はこともなく答えたが、人である吉乃にはそれがどれほどのことかもわからず、ただ呆然と聞いていることしかできなかった。
「ああ、吉乃さん! 本当に無事で良かった!」
と、背後から声が聞こえて振り返れば、そこには琥珀に白雪、そして禅と鈴音の姿があった。
「どうして、禅さんや鈴音さんまでここに……?」
琥珀と白雪がお歯黒堂にいるのはわかる。
けれどなぜ、禅と鈴音までいるのかわからず、吉乃は心の中で首を捻った。
「鈴音に、どうしてもお歯黒堂に連れて行ってほしいと頼まれたんだよ。まぁ、花魁の頼みを断る男はいねぇだろ?」
面白そうに答えたのは禅だ。
禅は続けて、「いや、咲耶なら断るか」と、呟いた。
「浮雲さん……。まさか、裏切り者の正体があなただったとは今でも信じたくありません」
そう言った琥珀は失望した様子でクモ婆を見る。
当のクモ婆は、悔し気に顔を歪めていた。
「話はすべて、白雪さんから聞きました。本当に、心の底から残念に思います」
その白雪は、鈴音に肩を抱かれて項垂れている。
髪は乱れ、すっかりと怯え切っている様子だ。
「あなたに、もう逃げ場はありませんよ」
「白雪ぃぃぃ! お前、白状したら自分がどうなるかわかってやったのか!?」
あまりの剣幕に、吉乃の肩がビクリと揺れた。
するとそれに気づいた咲耶が、吉乃を安心させるようにそっと優しく抱き寄せた。
「本当のことを話すように白雪を説得したのは私よ」
「鈴音ぇ!?」
「計画が失敗に終わって残念だったわね。でももう、あなたはここで終わりよ!」
鈴音が白雪の身体を抱きしめる。
そうして鈴音はここに至るまでの経緯を話しはじめた――。