「私の涙が手に入らなければ、クモ婆の計画は失敗に終わるのでしょう?」

「ハッ! そうはさせないさ! そこまで強情を張るってんなら、ご希望通り、あんたが泣いて謝るまで痛めつけてやるから覚悟しな!」


けれど、クモ婆とて簡単に引いたりはしなかった。

強がる吉乃を前にしたクモ婆はまた女郎蜘蛛へと姿を変え、身体から数多の糸を吐き出した。


「あんたが私を怒らせたのが悪いのさ!」


(やられる……!)

けれど、反論したことに悔いはない。

そう思った吉乃が思わず目を閉じようとした瞬間、


「え……?」


突然目の前を、一枚の桜の花びらが音もなく優雅に横切った。


「グ……ッ、な、なにが起きたんだい!?」


その桜の花びらは眩い光を放って、黒く染まっていた世界を薄紅色に染め上げた。


「あ……っ」


次の瞬間、吉乃の身体を拘束していた糸と蜘蛛の巣が壊れ、宙に放り出された吉乃の身体は温かい腕に抱き留められた。


「――やれやれ。こう何度も危ない目に遭われると、俺が吉乃を監禁してしまいたくなるな」

「咲耶……さん?」


ふわりと舞うように現れたのは咲耶だった。

吉乃は咲耶に抱きかかえられたまま、ゆっくりと地に足をおろした。


「け、結界を破って入ってきたのか!? そもそも、どうしてここがわかった! とんぼ玉は、確かに紅天楼に置いてきたはずなのに!」

「その答えは吉乃の手のひらの中だ」

「手のひらの中?」


驚いた吉乃が握りしめていた手を開くと、そこには桜の花びらが握られていた。

それは白雪奪還のために咲耶が紅天楼を去った際に舞った桜の花びらだ。

(これ……あのとき掴んで、ずっと握りしめたままだったんだ)

吉乃自身も気付かなかった。

当然、クモ婆が気付くはずもない。


「その桜の気配を追って、ここへ来た。まぁ、桜やとんぼ玉がなくとも、俺には吉乃の大体の居場所はわかるがな」


咲耶の言葉に吉乃は首を捻ったが、今はどういうことかと尋ねられる状況ではなかった。


「とりあえず、この狭い空間から出るぞ」

「ハッ! ここは私の巣なんだ。そう簡単に出られるはずが──」


出られるはずがない、とクモ婆が言い切るより先に、咲耶が足をついた場所から眩い光が放たれ、辺りの景色が一変した。