「雪ちゃんがクモ婆の仲間だなんて……そんなの、信じられない」

「おお、美しい友情だ。信じていたものに裏切られる衝撃は相当なものだろう。私も、今のあんたの気持ちは痛いほどよくわかるよ」


そう言ったクモ婆はまた、どこか寂し気に笑っていた。


「でもね。残念ながら、白雪は最初から騙すつもりであんたに近づいたのさ。馬鹿な吉乃。私ならあんたを死ぬまで可愛がってやれる。さぁ、そのまま涙を流しな。私がたっぷり有効活用してやるからさ」


クモ婆は、吉乃の顎を掴んで上を向かせる。

(私は、クモ婆のことも親切で優しい人だと信じていたのに……)

二重に裏切られた吉乃の心は、絶望の闇に覆いつくされた。


「ほら、泣いたら楽になれるよ。涙には、心を洗う力があるんだ。だからさっさと泣いて楽になっちまいな」


けれど、次に告げられた言葉を聞いた吉乃は、あることを思い出した。

――涙には、心を洗う力がある。

それは咲耶と出会った日に、桜吹雪の中で咲耶から告げられた言葉だった。

『涙には、心を洗う力があると聞く。だから、これからは我慢せずに泣きたいときに泣くといい。ひとりでは心細くて泣けないというのなら、俺がそばにいてやろう』

そう言った咲耶は吉乃を優しく抱きしめてくれた。

吉乃に触れる咲耶の手はとても温かくて、吉乃に大きな安心感を与えてくれたのだ。

(もし、私が本当に泣くことがあるのなら、私は咲耶さんのそばで泣きたい――)

泣きたいと思ったときにそばにいてくれる相手は、他の誰でもない咲耶が良い。


「……こんなところで、私は泣かない」

「なんだって?」

「私は絶対に、クモ婆のために泣いたりしない!」


力いっぱい叫んだ吉乃は、強く鋭い目でクモ婆を睨んだ。

薄紅色の瞳が、美しい光をまとう。

それまで吉乃が声を荒らげた姿を見たことのなかったクモ婆は、驚いた様子で一瞬吉乃から距離を取った。


「今度は、玉ねぎをいくつ出されたって負けない。私は強くなろうって決めたの。咲耶さんに花嫁だと言ってもらえることを誇れる遊女になりたいと思うから!」


卑怯者の思い通りになんてならない。

咲耶の言葉と吉乃の中に生まれた強い気持ちが、弱い心を奮い立たせた。


「生憎、酷い言葉を浴びせられるのも、酷い仕打ちをされることにも私は慣れてる。だから、私をいくら傷付けたところで涙は流れない。残念でした。なにをされても私は泣かない」


酷い養父母の元で、散々鍛えられた結果だ。

まさか、こんなところで役に立つとは思わなかったと、吉乃は初めてあのふたりに感謝した。