「雪ちゃんに、なにかあったら――」

「ヒーッヒッヒッヒッ! こりゃあ傑作(けっさく)だ!」


けれどクモ婆は白雪の身を案じる吉乃を前に、腹を抱えて笑いだした。


「なに……なにがおかしいの?」

「ハッ! ほんと、甘っちょろい女だねぇ。あんたまさか、今回の計画が私だけでここまでできたとでも思ってんのかい? 本当におめでたい女だよ」

「……どういうこと?」


クモ婆の真意が汲み取れない吉乃は、眉根を寄せて難しい顔をした。

そんな吉乃を見たクモ婆は、手から蜘蛛の糸を垂らしてニヤリと嗤う。


「途中までの推理はお見事だよ。でもね、白雪に関しては笑うしかない。なんてったって、私の協力者の心配までしているんだからねぇ」

「協力者……?」

「ああ、そうさ。白雪は私の指示で動いている、私の傀儡さ。今も白雪には、少しでも長く咲耶と琥珀の気を引いて、お歯黒堂に引き留めるようにと言ってある。あの子は、あれでも将来の花魁候補だからねぇ。演技と口説きはお手のものさ」


予想外の事実を知らされ、吉乃は全身から血の気が引いていくのを感じた。

(まさか、そんな……)

白雪がクモ婆と共謀していたなんて信じられない。

だとしたら白雪は一体いつから、吉乃を騙していたというのか。


「雪ちゃんが、クモ婆の仲間だなんて絶対に有り得ない!」

「フッ。白雪はね、幼い頃からず〜っと現世に憧れを抱いていた。だから、あんたを利用すればすぐにでも現世に行けると言ったら簡単に話に乗ってきたよ。所詮、遊女の世界なんて騙し騙されの化かし合い。……騙される方が悪いのさ」


そう言ったクモ婆の目はまた、心なしか寂しそうに見えた。

対して、今度こそ目眩を覚えた吉乃は、全身から力が抜けて項垂れる。

信じられない。信じたくない。

けれど吉乃は以前、白雪本人から、現世についての気持ちを聞かされたことがあった。

『だからね、私、いつか現世に行くのが夢なんだ』

そう言った白雪は空を見上げて、大きな瞳を輝かせていた。

(じゃあ本当に雪ちゃんは、現世に行きたいがためにクモ婆に協力したの?)


「がしゃ髑髏にあんたが攫われたときにもね、予め決めていた場所まであんたを連れていって、あんたをひとりにするのが白雪の役目だったのさ」

「嘘……」

「嘘じゃないよ。実際、あんたを花街に誘い出したのだって、白雪だったろう? 切見世長屋の遊女のところまで、あんたが運ばれていくのを見届けたのも白雪だよ」


クモ婆の言葉に、吉乃はまた、あることを思い出した。

咲耶に助けられた吉乃が紅天楼に戻ってきたとき、吉乃の無事を喜んだ白雪が抱きついてきた際に感じた臭い――。

あれは、白雪が普段身につけているものではなかった。

(そうだ、あれは切見世長屋で嗅いだ臭いと同じものだった。だから私は、違和感を覚えたんだ)

見世の中に籠りきりでは心労が溜まるからと、琥珀に吉乃の外出を願ったのも白雪だった。

(じゃあ、本当に雪ちゃんはクモ婆の仲間なの?)

心を覆う悲しみは、あっという間に吉乃の気持ちを弱らせる。

『吉乃ちゃんは、私の友達だもん』

白雪は吉乃にできた初めての友達だった。

信じたい。信じられない。

ふたつの想いの狭間で揺れ動く吉乃の目には、じわじわと涙が込み上げてきた。