「あんたの頼みの綱のとんぼ玉も置いてきたから、咲耶は白雪を助けて戻ってきたところであんたの居場所はわからない。まったく……がしゃ髑髏のときは、あのとんぼ玉のせいで咲耶に見つかって失敗したからね。今回は、しっかりと対策を練らせてもらったよ」


と、続けられた思いもよらない言葉に、吉乃は目を大きく見開いた。


「がしゃ髑髏って、まさか……」

「ああ、そうさ! あいつらは私が裏で(そそのか)して、あんたを攫わせた。それで、あいつらに罪を被せて殺したあとで、あんたをここに連れ去ろうと思っていたんだが……。先に、咲耶に見つかっちまってさ。あんたたちが見逃した切見世長屋の遊女は、口封じのために私が消したってわけだ!」


興奮したクモ婆が叫ぶ。

まさか、あのふたりもクモ婆の差し金だとは思わなかった。


「がしゃ髑髏たちには子蜘蛛を通して命令を伝えていたから正体を明かされる心配はなかったが……。やっぱり、低級な妖は使い物にならないね。あのときは一瞬、ヒヤリとしたよ」


クモ婆の言葉を聞いた吉乃は、あることを思い出した。

『なぁ、いいだろ。涙をちょいと流してくれるだけでいいんだ。――あいつに渡しちまう前にさ』

あのとき、がしゃ髑髏は確かにそう言っていた。

どういうことかと吉乃は疑問に思ったが、そのときは恐怖が勝って、深く考える余裕がなかった。

(でも、今ならわかる。がしゃ髑髏が言っていた〝あいつ〟は、クモ婆のことだったんだ)


「あいつらには、吉乃を攫ったら、一生金に困らない暮らしをさせてやるって言ってたんだけどねぇ」


「夢を叶えてやれなくて残念だ」と続けたクモ婆の言葉を聞いた吉乃の胸には、驚きと怒りと絶望の渦が押し寄せた。


「雪ちゃんは……? 雪ちゃんは、無事なの?」

「なんだって?」

「あのときのことも、今回のこともクモ婆が計画したことなら、雪ちゃんが攫われたのもクモ婆の計画の一部ってことでしょう!? 雪ちゃんは大丈夫なの!?」


吉乃の脳裏で、切見世長屋の遊女と白雪が重なる。

少し考えればわかることだ。紅天楼の灯りが消えたことも白雪が攫われたことも、クモ婆の計画の一部だったに違いない。


「何者かに雪ちゃんを攫わせたのは、咲耶さんと琥珀さんの目を欺いて紅天楼と私から離れさせるため」


そのためにわざと結界の札を剥し、外部からの侵入者があったと錯覚させた。


「今の話が本当なら、また子蜘蛛かなにかを使ったんでしょう? 雪ちゃんは本当に無事でいるの? 切見世長屋の遊女のように……殺してなんていないよね!?」


声を絞り出した吉乃は、懇願するようにクモ婆を見つめた。

最悪の事態が脳裏を過る。

吉乃は、自分のせいで白雪を危険な目に遭わせてしまったことを思い知り、悔しくなった。