そのまま不気味な笑みを浮かべたクモ婆は、蜘蛛の糸を辿って吉乃の目の前まで下りてくる。
けれど、ギラリと光る目は、どこか悲しみを映しているようにも見えた。
「わ、私がいなくなったら、まずは楼主である琥珀さんが黙っていないはずです」
「ハッ! 自惚れもいいところだねぇ。まぁ、確かに最初は琥珀たちもあんたを探すかもしれないが、遊女なんて所詮使い捨てさ。あんたひとりがいなくなっても、新しい女が入ってくるだけで、困る奴なんて誰もいない。だから安心して、あんたは私の傀儡になりな」
その言葉を合図に、足元にいた子蜘蛛たちが一斉に吉乃を取り囲むように移動した。
吉乃は一瞬怯みかけたが、精いっぱい恐怖を押し込め、クモ婆を見つめ返した。
「傀儡に……って、私をここでどうするつもりですか?」
「そりゃあ、あんたの利用価値なんてひとつじゃないか。あんたから絞り出した涙を闇市場を使って売り捌き、ひと儲けしようってだけの話さ」
クモ婆は大蜘蛛やがしゃ髑髏とは違い、金儲けのために吉乃を利用しようというわけだ。
「あんたの涙を飲んだ奴はあの蛭沼のように、あんたが恋しくてたまらなくなる。そうなったら神威の尋問官が蛭沼にしたように、〝吉乃に会いたきゃ言うことを聞け〟と言って脅せば、あんたの惚れ涙を飲んだ奴はあんたに会いたいがために無茶な命令でも聞くって算段さ。そうやって他者の心を操れると知ったら、惚れ涙をほしがる奴らが集まってくると思わないかい?」
「そ、そんなの、すぐにクモ婆が関与しているとわかるに決まってます!」
「ハッ! 私はそこまで馬鹿じゃないさ。涙を売り捌く相手は当然、帝都吉原でもある程度の富を持つものに限る。そういう奴らは、自分の地位を守るために狡賢く口が堅い。それに今だって、地上じゃ私に化けた部下の子蜘蛛が、紅天楼を仕切って隠蔽工作をしてくれているし、私を疑う者なんて誰もいやしないよ」
クモ婆は今回の混乱の最中で吉乃が何者かに攫われ、姿を消したことにしようと画策していた。
そして、咲耶や琥珀が戻ってきたら子蜘蛛と入れ替わり、「自分が不甲斐ないばかりに吉乃を守れなかった」と涙ながらに頭を下げるつもりだと話を続けた。
「私は紅天楼で長年、遣手として多くの者たちの信頼を得てきた。私が言うことなら誰でも簡単に信じるさ。さっきだって、みんな私の言いなりになったろう? それにまさか、連れ去らわれたはずのあんたが、帝都吉原の地下に作られた空間の歪みの中に捕らわれているだなんて、誰も想像しないだろうからねぇ」
「灯台下暗しってやつさ」と付け加えたクモ婆は、吉乃の顔をまじまじと見やった。