* * *
「――っ、ここ、は?」
そうして次に吉乃が見たのは、どこまでも黒に染まった殺風景な世界だった。
黒の世界には二本の樹があり、樹と樹の間に張り巡らされた蜘蛛の巣に、吉乃は手足の自由を奪われたまま磔にされていた。
見れば足元に何十匹もの子蜘蛛たちがいて、今にも吉乃の身体を這い上がってこようとしている。
「ヒッ……!」
「驚いたかい? ここは、私が作った秘密の空間さ」
「クモ婆……?」
顔を上げれば目の前にある巨木の枝に、女郎蜘蛛の姿のクモ婆がぶら下がっていた。
「帝都吉原の地下の空間の歪みに、幻術で根城を創り上げたんだ。異空間にこうした場所を創れるのは私のように強い力を持った妖か、神だけ。ここはね、私の巣さ。あんたの足元にいるのも、私が秘密裏に育てた可愛い部下たちだよ」
クモ婆の声に応えるように、吉乃の足元にいる子蜘蛛たちがザワザワと不気味にうごめいた。
いくつもの目に睨み上げられ、吉乃の背筋を嫌な汗が伝う。
「ふふっ。なにが起きたのかわからないって顔をしているねぇ。いいだろう、教えてやる。私はね、約一カ月半、あんたを攫う機会をず~っと狙っていたんだよ」
「そんな……」
「根気良く待ったおかげで、誰にも警戒されずに今の状況を作り上げることができた。まぁ、今日、咲耶殿が禅殿についてきたのは予想外だったが……計画はなんなく実行できた。さすが、紅天楼の遣手婆だろう?」
そう言ったクモ婆は、八本の脚を不気味に動かして身体をくねらせ、吉乃が見慣れた人型に戻った。
吉乃の胸がズキリと痛んだのは、やはり自分を攫った女郎蜘蛛はクモ婆だったのだと、改めて思い知らされたからだ。



