「ああ、それと琥珀。あんたも、お歯黒堂に向かった方がいいんじゃないか?」
「え……僕もですか?」
「咲耶様は攫われて怯えている白雪の世話まではしてくれないだろうよ。白雪だって助けられたあと、気心が知れた者がいてくれた方がいいに決まっているさ」
確かに、クモ婆の言う通りだ。
琥珀も納得したのか、少し考える素振りを見せてから改めて口を開いた。
「しかし、裏切り者の件もあります。僕は楼主として、そちらの件を片付けるべきかとも思うのですが」
「ハッ! そんなもん、私がどうにでもするよ! だから、あんたはさっさとお歯黒堂に向かいな。早くしないと、手遅れになるかもしれないよ。さぁ、行った行った!」
強い口調でクモ婆に詰め寄られた琥珀は、むむむ……と悩んだ末、咲耶を追ってお歯黒堂に向かうことを決めた。
「わかりました。では、僕はお歯黒堂へ向かいます。浮雲さん、あとはよろしく頼みます」
「ああ。任せな」
そうして琥珀は部屋を出た。
残っているのは吉乃に鈴音、そして吉乃の客としてやってきた禅だけだ。
「あーあ。なんだか興が冷めちまったな。んじゃあ、俺もお暇させてもらうとするか。久々の登楼だったんだけどなぁ、まぁ、仕方ねぇな」
頭を掻きながら、禅が扉へと歩を進める。
そんな禅を吉乃は慌てて追いかけようとしたが、前に出た吉乃をクモ婆が静かに制した。
「え?」
「鈴音。禅殿のお見送りは、あんたが行きな」
「で、でも、禅さんは私のお客様ですし……」
「そうよ。吉乃が見送りに行くべきだわ」
キッパリと鈴音も言い返した。
するとクモ婆は小さく息を吐いてから、鈴音を厳しい目で見上げた。
「吉乃は今、精神的に参ってる。自分の身代わりに、白雪が得体の知れない者に攫われたんだ。今の吉乃に、お客様の相手をするのは無理だよ」
断言されて、吉乃の胸がズキリと痛む。
反射的に下を向いた吉乃を見た鈴音は、呆れたように息を吐いてから背筋を伸ばした。
「……仕方がないわね。今回だけよ」
「鈴音さん……」
「あんたは今は、大人しくしていなさい。あんただって、狙われているのは間違いないんだから」
それだけ言うと鈴音は禅の見送りのために部屋を出た。
結局、部屋に残されたのは吉乃とクモ婆のふたりとなった。
(また、私のせいでみんなに迷惑をかけてしまった……)
静かになった部屋の中で、吉乃は白雪の明るい笑顔を思い浮かべた。
侵入者が吉乃を攫おうとした目的はもちろん、吉乃の惚れ涙を手に入れるためだろう。
ここまで来ると、はた迷惑な力だとさえ思えてくる。
大切な友達まで危険に晒す力を、吉乃は心の底から恨めしく思った。



