「琥珀、その紙をもう一度見せてくれ」

「は、はい」

「やはり……僅かだが、紙に邪気が残っているな」


琥珀から犯人の置き手紙を受け取った咲耶は、なにかの呪文を唱えはじめた。

すると、白い紙が赤い炎をまとって燃え、残った煙の向こうに建物のようなものがぼんやりと揺らめいた。


「い、今のは──」

「切見世長屋の近くにある、お歯黒堂だわ!」

「お歯黒堂?」

「帝都吉原で命を落とした遊女を祀るお堂のことよ。でも、なんでお歯黒堂が煙の中に見えたのかしら……」


難しい顔をした鈴音は、少し考え込んでからハッとして咲耶を見上げた。


「まさか、お歯黒堂に白雪が捕らえられているのでは……っ」

「可能性はあるな。犯人の誘いに乗るのは癪だが、行ってみる価値はある」


そうして咲耶は部屋の窓に近づくと、再び右手の人差し指を胸の前で立て、なにかの呪文を唱えはじめた。

咲耶はこれからお歯黒堂に向かうつもりだ。

それに気がついた吉乃は、慌てて咲耶のそばまで駆け寄った。


「ま、待ってください! 犯人の目的は私なんですよね!? でしたら私も一緒に連れていってください!」


自分の身と交換すれば、犯人を刺激することもなく、白雪を救出できるかもしれない。

吉乃はそう考えて咲耶に同行を申し出たが、吉乃の頼みを咲耶が聞き入れることはなかった。


「目的がお前であるなら、余計に連れてはいけない。大丈夫だ。遊女は必ず連れ戻す」

「でも……っ」

「どちらにせよ、吉乃を狙った時点で俺は此度の侵入者を許さない。だからお前は大人しく、俺の帰りを待っていろ。――約束だ」


咲耶はそれだけ言って吉乃を見て微笑むと、薄紅色の光の中に消えてしまった。

咲耶が消えたあと、桜の花びらが一枚、はらりと舞って吉乃の手の中に落ちてきた。

(咲耶、さん)

吉乃はその花びらを握りしめると、白雪と咲耶の無事を祈った。


「まぁまぁ、あいつが大丈夫っつーなら、なんとかなるだろ。っていうか、あいつに適う奴なんて早々いねぇしな」

「ふぅ……。とりあえず、いつまでもここに突っ立っていても仕方がない。見世の者とお客様には、今日はお開きにしていただいて、後日仕切り直しをさせてもらうようにお願いしよう」


そう言うとクモ婆は、絹と木綿にそれぞれ客を返す手筈を整えるようにと伝えた。