「普通に考えれば、妓楼内の結界札を剥がせるのは紅天楼にいる者だけだ。ということは、紅天楼内に裏切り者がいるということになる」
また、吉乃の足元が揺らぐ。
紅天楼内に裏切り者がいる──。つまり吉乃も知る誰かが侵入者を手引きし、吉乃の連れ去りを計画していたということだ。
「ってぇことは、まずはその裏切り者を見つけ出さなきゃなんねぇなぁ」
「ああ、それは必要だろう」
「で、でも、それより今は、一刻も早く雪ちゃんのことを助けてください!」
と、吉乃が禅と咲耶の会話に口を挟んだとき、
「白雪が攫われたってどういうこと!?」
騒がしい足音と共に、知らせを聞きつけた鈴音が部屋に飛び込んできた。
「どうして白雪が狙われたの!?」
「す、鈴音さん……」
綺麗に結われていたはずの髪も呼吸も、乱れている。
鈴音は花魁としてお客様の前ではいつも気品に溢れているのに、琥珀の手に持たれていた紙を見ると、大きな目をより一層大きく見開いた。
「まさか、吉乃と間違われて……!?」
鈴音が、わなわなと身体を震わせた。
動揺している鈴音を見た琥珀は、
「鈴音さん、落ち着いてください。幸い、ここには咲耶様もいらっしゃいます。白雪さんの救出は、すぐにでも行われることでしょう」
そう声をかけ、改めて咲耶の方へと振り返った。
「咲耶様。裏切り者に関しましては、楼主である僕が責任を持って対処いたします。ですから、今はどうか攫われた白雪さんの救出を一刻も早くお願いいたします」
「わ、私からも、お願いします! どうか、雪ちゃんのことを助けてください! どうか、どうかお願いします!」
琥珀に続いて吉乃も咲耶に頭を下げた。
ふたりの頼みを聞いた咲耶は静かに目を閉じると、スッと右手の人差し指を胸の前に立て、息を吐いた。
「え……」
次の瞬間、咲耶の指先が薄紅色の光を放つ。
その光はいくつもの桜の花びらに形を変え、どこか遠くへ飛んでいった。
「い、今のは?」
「神威の隊士たちに俺の伝令を届けるための神術だ」
「伝令を……」
「まず、遊女の保護を最優先とすること。帝都吉原の秩序を守るのは、我々、神威の仕事だ。攫われた遊女も必ず無事に見つけよう」
そう言うと咲耶は吉乃を見て、穏やかな笑みを浮かべた。
喉の奥が熱くなった吉乃は、まさに神に祈るような気持ちで咲耶の目を見つめ返した。