「てっきり、俺が吉乃を口説いているのが気に食わなくて、咲耶が灯りを消したのかと思ったぜ」
「寝言は寝て言え。お前が発する口説き文句くらいでは、簡単に吉乃の心は揺らがない」
堂々たる物言いに、吉乃はどんな顔をしたらいいのかわからなくなった。
(もしかして、咲耶さんは禅さんに対抗してあんなことを言ったの?)
口説き文句なら、禅には負けない。
なんて、そんな冗談のつもりであんなことを言ったのかもしれない。
だとすれば、真に受けた自分が恥ずかしい。
穴があったら入りたいとはこのことだ。でも、咲耶は以前、冗談は嫌いだと言っていたような気も──。
「琥珀しゃま、大変です!」
「白雪しゃまが、何者かに連れ去られました!」
と、吉乃が赤くなった頬に手を添えた瞬間。再び扉が開いて、焦った様子の絹と木綿が勢い良く部屋の中に飛び込んできた。
「絹、木綿!? 白雪さんが連れ去られたとは、一体どういうことだ!?」
「い、今、白雪しゃまは小羽しゃまの座敷で三味線を弾いていたのですが、灯りが消えて再び灯ったときには三味線だけが残り、白雪しゃまの姿が消えていたということです!」
小羽とは、紅天楼に所属している遊女のひとりだ。
今の絹の話を聞く限り、白雪は小羽の座敷で手伝いをしていたのだろう。
「しかし、姿が消えただけで、どうして連れ去られたと言い切れるんだ」
「暗闇の最中、白雪しゃまの悲鳴が聞こえたらしいのです! それと、白雪しゃまが消えたあと、部屋にこんなものが落ちていたと言われました!」
チラリと吉乃の様子をうかがった絹と木綿は、一度だけ互いに目配せをしたあと、一枚の紙を琥珀に差し出した。
「これは……」
そこには血文字で、【異能持ノ人間ハ、我ガ頂イタ】と書かれている。
それを見た吉乃は、思わず自分の口元に手をあてて後じさった。
「異能持ちの人間は、我が頂いた、か。どうやら白雪は、吉乃と間違えて攫われたようだね」
と、続いて部屋の前に現れたのはクモ婆だった。
神妙な面持ちのクモ婆を見て、吉乃は自分の足元が大きくふらつくのを感じた。
「そんな……私のせいで、雪ちゃんが……」
よろめいた吉乃の身体を、そばに立っていた咲耶が支える。
「咲耶さん……私……」
「落ち着け。まだ攫われてから時間も経っていない。これからどうにでも対処はできる」
冷静な声を聞いた吉乃は、咲耶の言葉を自分自身に言い聞かせながら下唇を噛みしめた。
「女が攫われたってよぅ。紅天楼には、かなり強力な結界が張られていたんじゃねぇのかよ?」
「それが……今、確認したところ、侵入者を防ぐために紅天楼内の柱に貼られていた札がすべて、剥がされておりましてな」
「はぁ!? じゃあ、さっきの停電も、その侵入者とやらの仕業か!?」
「多分、そうでしょう。壁に耳あり障子に目ありの〝目〟も、暗闇ではなにが起きたのか、見ることはできなかったということですから」
声を荒らげた禅に応えたクモ婆の言葉を受けて、琥珀と咲耶が難しい顔をした。
「やはり、何者かが吉乃さんを攫うための策を講じたということでしょうか」
「ああ。だが、楼主のお前が気にするべきことは別にある。消えた灯りに関してもそうだが……妓楼内に貼られていた札が剥がされていたというのが問題だ」
咲耶の言葉に、琥珀はハッとして目を見開いた。