「でも、異能を使えば遊女の頂点に立てるかもしれないんだぜ?」

「はい。でも私は、きちんと自分自身に力をつけて、まずは一人前の遊女になるべきかと思っていて……」

「ハハッ、それは随分な綺麗事だなァ。帝都吉原は騙し騙され、化かし合いが常の地獄――苦界だぜ。使えるものはなんでも使うくらいの狡賢さがなきゃあ、あっという間に喰われて終わりだと俺は思うがな」


禅の言うことはもっともだと、吉乃も頭ではわかっていた。

それでも──。


「……私は、できる限り、真っすぐに生きたいんです」

「真っすぐに?」

「はい。ここで楽な道を選んでしまったら、私はきっとまた後悔すると思うので……」


蛭沼事件の際に、なにもできなかった自分を情けなく思ったときのように。

もう二度と、あんな悔しい思いはしたくない。

だから吉乃は遊女として、正々堂々と務めていきたいと思うのだ。


「涙を見たいという禅さんのご期待に沿えず、本当に申し訳ありません」


顔を上げた吉乃は、再び黒千代香を手に持つと、美しい所作で禅の盃に酒を注いだ。

その姿は不思議と目を惹きつけ、禅は吉乃から目が離せなくなった。


「……ふぅん、なるほどな。咲耶が気に入る気持ちが少しわかったぜ」

「え?」

「今のお前からは、随分と〝美味そうな魂の匂い〟がする。なかなか面白い。その惚れ涙ってやつ、是非一度、飲んでみたい気持ちになったぜ」


挑発的な笑みを浮かべた禅の目は、真っすぐに吉乃を捉えていた。

思わずドクンと鼓動が跳ねたのは、禅の目の奥に光る力強さが、とても魅惑的に見えたからだ。


「俄然、吉乃の水揚げ――初魂の儀が楽しみになった。お前の魂なら、一日でも早く味見をしてみたい」


そう言うと禅は、色気たっぷりに自身の唇をなめた。

妖艶な仕草に吉乃は一瞬ドキリとしてしまい、戸惑いを隠せなかった。

(冗談、だよね?)

わかっている。けれど今、心が揺らぐのは、禅の言葉に嘘偽りがないように感じたからだ。


「なんだよ、まさか今さら水揚げの相手は俺じゃあ嫌だなんて言い出す気じゃ──」


と、そのときだ。

突然、部屋の灯りが消えて、辺りが恐ろしい暗闇に包まれた。


「え!?」


停電か。しかし、紅天楼の灯りは電気だけでなく行燈も使っているのに、一気にすべてが消えるのはどうにも変だ。