「確か現世に、〝親しき仲にも礼儀あり〟って言葉があったよなぁ。お前が今言ったことって、それと似てねぇ?」

「まさか、その言葉をお前が知っているとは驚きだな」

「おい! まるで俺が礼儀知らずみたいな言い方するなよ! 俺ほど咲耶を理解している男もいないんだからな! なんてったって、俺たちはトモダチだしな!」

「お前は本当に、酷い自信過剰だ」


軽口を叩き合うふたりが、なんだかとてもおかしかった。

そして吉乃は本当に自分でも無意識のうちに──。


「吉乃、お前……」


ふっと肩の力を抜いて、口元を緩めていた。


「今、笑って──」

「え……?」


けれどそれは本当に一瞬で、咲耶しか気づかなかった。

吉乃自身も自分が笑ったことに気づいていない。


「咲耶さん、どうかしましたか?」


吉乃は帝都吉原に来てから一度も笑顔を見せたことがなかった。

いや、実はもう何年も――両親を亡くしてからというもの、笑っていなかったのだ。


「咲耶さん?」


不思議そうに咲耶を見る吉乃はもう、いつも通りだ。

咲耶は一瞬笑顔のことを告げようか迷った末、なにも言わずに緩く首を横に振った。


「いや……俺の心の中だけに留めておこう」

「おい、なーに、ひとりで嬉しそうにしてんだよ。変態か」

「お前こそ、たった一杯の酒で酔っているのか、酔っ払い」

「そんなわけねぇだろ! 俺は昔、見世中の酒を一晩で飲み干した男だぞ!」

「ああ。それで当時の葦後屋の主人に、廓遊びを禁止されたんだったな」


(そうだったんだ……)

思わぬ形で禅がしばらく帝都吉原に来ていなかった理由を知った吉乃は、内心で納得した。


「禅さんは、随分お酒に強いんですね」

「ガキの頃は無茶な飲み方をするのが楽しかったんだよ。でも、今はいい女と美味い酒のつまみをあてに、しっぽりと楽しむのが最高だって知ったからな。あーあー、どこかの誰かさんは、こーんなに美味い酒が飲めなくて可哀そうだぜ」


禅が吉乃に酌の催促をする。

慌てて黒千代香(くろじょか)を手にした吉乃は、禅が差し出した盃に酒を注いだ。


「で、吉乃。お前、本当に異能持ちなのか? こうやって話してる分には瞳の色以外で、お前に特別ななにかを感じることはねぇんだがな」


と、唐突に禅が吉乃の異能の件に言及したので、吉乃は一瞬固まった。