「なんだよ、もう友達はいるのかよ。つまんねぇなぁ」

「すみません。でも私は、その友達を傷付けてしまったかもしれないので、本当に友達と言っていいのかはわからないのですが……」


つい、吉乃の口から弱音が漏れた。

白雪は水揚げの相手について、吉乃に『気にしなくていい』と言っていたが、それが本心であるかどうかは、白雪本人にしかわからない。

(雪ちゃんはああ言ってくれたけど、本当は水揚げの相手は禅さんが良かったと思っていたかもしれない)

結局、以前白雪が言っていた、『もうひとつの叶えたい夢』についても話してもらえないままだ。


「私もいつか禅さんと咲耶さんのように、その子と言いたいことを言い合える友達関係になれるでしょうか」


吉乃の問いに、禅は不思議そうな顔をする。

そこで、はたと我に返った吉乃は、慌てて首を左右に振った。


「あ……すみません、つまらない話をしてしまって! まだ、あまり上手くはないのですが、三味線を用意したので弾いてもよろしいでしょうか」


(私ってば、大切なお客様相手に、なにを話しているんだろう……!)

恥ずかしい。これでは蛭沼のときと大して変わらない。

吉乃は急いで立ち上がると、部屋の隅に置いてあった三味線を取ろうと手を伸ばした。


「──必ずしも、言いたいことを言い合える関係が良しとは限らないのではないか?」

「え……」


そのとき、耳に心地の良い声が聞こえて吉乃の手が止まった。

ハッとして振り向けば、今の今まで吉乃の話を黙って聞いていた咲耶が、伏せていたまつ毛をゆっくりと持ち上げた。


「俺とコイツがなんでも言い合えるのは、そこに互いを思い合う気持ちの欠片もないからだ」

「おいおい、随分ヒデー言い方だな」

「だが、吉乃とその友達とやらの場合は違うのだろう。相手を思いやるからこそ、言いたいことが言えなくなる。それはそれで良い関係の部類に入ると俺は思うがな」


咲耶の言葉に、吉乃は三味線に伸ばしかけた手を静かに下ろした。


「俺たち、人ならざる者の多くは己の欲に忠実なんだ。だからこそ、人が他者のために自分の気持ちを押し殺したり、譲り合うことを不思議に思う」

「そうなんですね……」

「ああ。だから俺は、互いを思い合えるというのは、実に人らしい感情だと思うがな」


(人らしい……感情)

咲耶の言葉を心の中で反すうした吉乃は、白雪の笑顔を思い浮かべた。

『吉乃ちゃん、頑張ってね!』

昨日も今日も、白雪は吉乃が気に病まないようにと笑ってくれていた。

吉乃はただ白雪に申し訳ないと思っていたが、そうして互いを思いやれることも、素晴らしいことには違いない。