「――改めまして、吉乃と申します。本日はお会いできて、大変嬉しく思います」


八畳ほどの部屋の中には、行燈(あんどん)の灯りが妖しく揺らめいている。

ゆっくりと顔を上げた吉乃の目に映ったのは、ふたりの眉目秀麗な男たちだった。


「失礼いたします」


緊張で震える手と心を叱咤しながら、吉乃は禅に酌をした。

次に、咲耶にも酒を注ごうと移動する。

けれど咲耶は吉乃の酌を手で制すと、瞼を閉じた。


「あ、あの、咲耶さん?」

「俺は、酒は飲まない」

「え?」

「ハハハッ! 飲まないじゃなくて、飲めないだろ? こいつ、こんな顔して下戸なんだよ。笑えるわー」

「下戸……」


つまりお酒が得意ではないということだ。

(意外過ぎる……)

寧ろ、いくら飲んでも平気そうなのに。

禅に秘密をバラされた咲耶は不本意そうに眉根を寄せたが、思わぬ咲耶の弱みを聞いた吉乃は、初めて咲耶に親近感を抱いた。


「お前が廓遊びをしねぇのも、実はそれが理由じゃね?」


からかい口調で言った禅は、吉乃が注いだばかりの酒が入った盃を見せつけるように仰いだ。


「馬鹿も休み休み言え。俺はそもそも廓遊びにも花嫁探しにも興味がないだけだ」

「ははーん。硬派気取ってんなよ。現世じゃ〝光源氏〟っつー、男が勝ち組なんだぜ」

「俺には関係のない話だな」

「うわー、つまらない男! 最悪! 今日、お前が俺の誘いに乗ってきたときには、ちったぁ頭も柔らかくなったか!? なんて思ったが、期待して損したぜ」


禅は大袈裟に天を仰いで息を吐く。

ふたりのやり取りを見ていた吉乃は、自身の肩から力が抜けるのを感じた。