「さぁ、いつまでもこんなところで無駄話をしていたって仕方ねぇ。さっさと座敷に案内してくれ。俺は今日ここへ、美味い酒を飲みに来たんだ」
そうして禅に催促された吉乃たちは、用意していた部屋へ禅と咲耶を案内することになった。
けれど、座敷がある扉の前で、一同の先頭を歩いていた琥珀の足が止まる。
帝都吉原の妓楼では、基本的に同じ座敷に殿方ふたりを一緒に上げることはない。
けれど今日に限っては、咲耶は禅の護衛という名目で来ているので、特例としてふたりを同じ座敷に上げて良いものか、楼主である琥珀は迷っていた。
「禅殿。お座敷ですが、どのような形にいたしましょう」
結果として琥珀は、決断を禅に委ねた。
蛭沼の件が尾を引いていたこともあるだろうが、客の希望を最優先するのは当然と言えば当然だ。
「俺としては是非一緒に楽しみたいところだが、それだとお前がやりにくいか?」
禅がニヤリと笑って吉乃に問いかける。
まるで吉乃の反応を楽しんでいるような口ぶりに吉乃は一瞬返事に迷ったが、すぐにお腹の前で握りしめた手に力を込めると真っすぐに禅を見つめ返した。
「禅様がお望みでしたら、ご一緒でも大丈夫です」
堂々とした態度に、禅が意表を突かれたように目を見開く。
「ま、まぁ、お前がそれでいいっつーなら、いいけどよ」
そうして結局、吉乃はひとりで禅と咲耶の相手をすることになった。
琥珀も最初こそ心配そうに見ていたが、吉乃の対応に安心した様子で座敷に送り出した。