「久々の登楼に案内と警護が必要だと我儘を言って、まだ仕事中だった俺を無理矢理引っ張ってきたのはどこのどいつだ」

「ハハッ! まぁ、いいじゃねぇか。俺も今や帝都で一、二を争う大店の頭だ。そんな俺の身になにかあれば大問題だろう? 帝都吉原内でのいざこざを収めるのは神威の仕事。だったら最初からお前を連れてりゃ、問題が起きても問題ないってな!」


ガッシリと肩を組まれた咲耶はうんざりした様子で、溜め息をついた。

察するに、咲耶はあまり禅を得意としていないようにも見える。

なにより咲耶と禅は、醸し出す空気も氷と炎といったふうに違っていた。


「官僚の蛭沼のときも、お前が護衛についてたんだろう?」

「あれは護衛ではなく任務だ。そもそも、お前ほどの者なら警護など不要だろう。ほとんどが返り討ちにされて終わりだ。葦後屋も、だからこそお前を自由にしているのだからな」

「まぁまぁ、そう言うなって。久々に帝都吉原に来たんだ、辛気臭い話は止めようぜ」

「お前のくだらない話に付き合わされる、こちらの身になってほしいものだ」


また深く息を吐いた咲耶は、とうとう眉根を寄せて目を閉じた。


「ハハッ。さて――と。それで、肝心の咲耶のお気に入りは、お前か。……へぇ。鈴音と比べると貧相だが、まぁ見てくれは悪くないな」


と、徐に吉乃へと目を向けた禅は、自身の顎に手をあてた。

そして吉乃をまじまじと見つめたあと、八重歯を見せて口角を上げる。

(し、失礼のないようにしないと)

途端に吉乃の心拍数が上がりはじめたのは、今さら緊張が身体に走ったからだ。

蛭沼の一件だけではない。

白雪への負い目もあるので、絶対に失敗できないという重圧もあった。


「ああ、確かに噂通り、人のくせに珍しい瞳の色をしているな。で、この目から惚れ涙が流れるってか。是非実際に、その惚れ涙ってやつを見てみたいもんだぜ」


禅が、緊張で固まる吉乃の頬に向かって手を伸ばした。

吉乃はその手の行方を視線で追うのが精いっぱいで、直立したまま動けなかった。


「気安く触れるな」


(え──)

けれど、既のところでその手が止まる。

ハッと我に返った吉乃が次に見たものは、厳しい表情で禅の腕を掴む咲耶だった。