「おお! この感じ、ひっさびさで懐かしいぜ」
現れたのは、咲耶と同じ二十代半ばくらいの見た目をした、背の高い男だった。
咲耶ほどではないにしろ顔立ちも整っている。
粋な着流しを身にまとい、切れ長の目の奥には、緑がかった黒い瞳が光っていた。
「禅殿、本日はお忙しい中ご足労いただき、誠にありがとうございます」
──禅。この男が、吉乃の水揚げの相手である烏天狗の禅だ。
黒く艶のある髪は、前髪の長さが左右非対称で、いなせな感じだ。
見た目は完全に吉乃と同じ人だが、やはり人とは違った他者を惹きつけるような圧倒的な空気を感じた。
「まぁ、そう畏まるな。水揚げの前に一度会っておきたいと我儘を言ったのは俺の方だからな」
「我儘だなんて、滅相もございません。こちらが、先日お話をさせていただきました、吉乃です。さぁ吉乃、禅殿にご挨拶を」
クモ婆から紹介された吉乃は、慌てて禅に向かって頭を下げた。
「はじめまして、吉乃と申します。本日はお会いできて至極光栄にございます」
予め用意していた言葉を口にした吉乃は、手の震えを精いっぱい落ち着かせながらゆっくりと顔を上げた。
「え──」
けれど、次に目に入ってきた姿を見て、思わず息を呑む。
(どうして──?)
禅のあとに続いて、咲耶が見世に入ってきたのだ。
予想外の事態に驚いたのは吉乃だけでなく、琥珀とクモ婆も同じだった。
「どうして、咲耶様が?」
「俺が誘ったんだよ」
「禅殿が?」
「ああ。なんせ噂じゃあ、吉乃って女は、この咲耶のお気に入りだっていうじゃねーか。泣く子も黙る神威の将官様が花嫁に狙っている女を俺が水揚げするなんざ、最高だろう? でも、どうせなら水揚げ前に噂の真相を確かめてやろうかと思って、連れてきたってわけだ」
琥珀の問いに答えた禅は、含みのある笑みを浮かべた。
思わず吉乃がチラリと咲耶の顔色をうかがうと、咲耶は呆れたように息を吐いてから恨めしそうな視線を禅に送る。